女騎士触手 序章



当然の事だが領海内で仕掛けなくてはならない。
事後を考えれば湾外で仕留めなくてはならない。
海軍に介入されるまでに全てを終わらせなくてはならない。
大砲は勿論の事、マスケットの使用すら出来ない。
乱戦になるに決まっているのだが「戦闘」は出来ない。
そして、それらの事情を敵に悟られてはならない。

 

亡父の遺した精兵達は正規の軍人ではないので敵船に入れる事は出来ない。
実行部隊は私の檄に応えた19名だけである。
同志達は猛者揃いではあるが、私も含めて海戦の経験は無い。
不審船の臨検を口実に決行するが、
親善使節の乗艦に対して法的根拠も何もあったものではない事は百も承知。

 

大事に握り締めているのは亡父の私掠許可証。
無論、有効期限は遥か昔に切れている。
今更になって、剣もピストルも艦すらも父の遺品である事に気付く。
それを我が物顔で使っている自分の滑稽さに思わず肩を揺らして笑う。
私の変化を訝しみ気遣いの言葉を掛けてくれた部下に謝辞を述べる。

 

昇陽に向かって東進する敵艦に距離を詰める。
こちらの船速から害意を感じ取ったのか、敵艦の甲板で人影が素早く、だが整然と交差し始める。
その俊敏な動きを見て私は確信する。

『あの蛮族共は近い将来必ずや文明世界全体の脅威となるレベルの海軍を保有するだろう』、と。

 

やはり船足はこちらが優っていたらしく、すぐに敵艦への併走に成功する。
互いの表情が確認出来る距離まで接近すると、敵の怒号は止んでいた。
船高は合わせたつもりだったが、1メーター弱こちらが高所を取る形になってしまっていた。
完全武装の我々がその気になればこのマスケットで敵の甲板を一掃する事も可能だろう。
勿論、筒先を敵に向ける事すら出来ない。

 

「彼ら」は口元を固く結びこちらを静かに睨みつけている。
敵艦のメインマストに日輪をモチーフにした彼ら国旗が高く掲揚され、
その国旗を指差しながらリンタロが我々に対して何事かを叫んだ。
一定レベルの思考力のある敵とは素晴らしいものである。
通訳を必要としないのだから。

 

私は彼らに見える様に亡父の私掠許可証を仰々しく広げた。
彼らはこちらを睨みつけたまま船速を下げた。
やはり聡い連中である。
そこを逆手に取る事が作戦の大前提であった為に内心安堵する。

 

こちらのマスケットを目にした彼らは素早くリーダーのシンミを射線から退避させようとする。
内心滑稽であるのは、作戦の標的であるユーキチがその身を盾にして射線から上長を庇おうとしている点である。
如何に聡明な彼らであっても私の意図までは読めていないらしい。

 

私と目が合ったユーキチが両手を広げて上長達を射撃の脅威から庇いながら咆哮した。
蛮人にしておくには惜しいほど雄渾な面構えである。
そうでなくては私が君と刺し違える意味がない。

 

私の号令と共に同志19名が一斉に船縁に足を掛ける。
あれだけ止めたのにクロエ様も小さな足を船縁に乗せている。
莫迦な女だ。
もっとも、そこが可愛いのだが。

 

生きて帰れたとしても銃殺刑は免れまい。
陛下は私の功績を誰よりも理解し、その上で私を粛清するだろう。
それで文明世界が脅威から救われるのなら安い代償とも言えるが…
ユーキチの邪悪な魂胆は誰かが粉砕しなくてはならない。
天に二日が無いように、この世で文明が相対化される事などあってはならないのだ。

 

目標は福沢諭吉ただ一人!
私が君を決殺する!

 

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