前回のエントリーである
の中でコミュニケーション能力と社会について語らせて貰った。
そのコメント欄に
との書き込みがあったので、「技能」にスポットを当てたエントリーを作成する事にした。
結論から言えば、スペックの低い(1番になれない人間)劣等者は色々と手を出して、
自分の間口を広げるしかない。
劣等者はスキル修得の上限が低いので単一のスキル修得で社会を生き抜くのは不可能である。
「どのスキルを身に付ければ勝てますか?」
と云う質問を劣等者が発しているのだとすれば、身の程を知らない的外れな質問である。
劣等者は何を学習しようが身に付かず、付いたとしても天井が低いので勝てない。
色々と手を出し続けて、自身の幅を広げる以外に劣等者が生き延びる術はない。
私事になるが、底辺は自身の上限レベルを1と規定し、様々な分野に対して積極的に手を出し続けている。
(何かに専心した所で、どうせ底辺は大成しないと踏んで)
ブログで書いているような分野はまだ底辺にしては物になっているましな部類なのだが、
生来の欠如に起因するのか大抵の挑戦は物になっていない。
(財産にはなっているが)
最近はビットコイン発掘の裏技を色々開発しているが、底辺がストックする前にバブルが弾けてしまった。
器用な人間ならとっくに大儲けしていただろう。
だが、色々と手を出していると相互作用的な物が働き、
既知の分野と親和性の高い分野に進出する時に応用が利くようになる。
これは幅を広げる事のメリットである。
有能・無能とは何なのか?
底辺の定義では、
「一つの分野に習熟し学習成果を発揮するまでの効率」
を指す。
インプットからアウトプットまでの速度・正確さと言い換えてもいい。
多分、誰かがその気になれば数値化可能であろう。
底辺は勝手に数値化していて、自身の変換効率を最低値の1に設定して人生を組み立てている。
100や1000の連中と同じ土俵に上るのは無駄であるし、相手にも失礼なので1で生き延びる術を日々試行錯誤している。
その結果、
「劣等者は色々な事に積極的に手を出して、他者にとっての未知の領域(自分で作り出す)を占有するべきである。」
との結論に達した。
これが、コメント欄にあった「無能者」様への回答である。
非才無能の人は、間違っても自分が何かの分野で勝とう・極めようと思わない事。
「ニッチを極めろ」
と云う声(底辺も過去のエントリーでそう云うニュアンスの発言をしている)もあるかも知れないが、
それすらも楽観論である。
ニッチ分野を未開拓段階で認識するのも立派な能力の一つだが、そんな都合のいい能力が劣等者に備わっている筈もない。
故に、
「見聞の幅を意識して広げて、得意分野は作らなくともいいので既知分野を増やす事。
マイナーな既知分野を自分で組み合わせて、自分の領域を生み出す事。」
を推奨する。
(と云うより年々厳しくなる社会情勢で劣等者はこれ位やっても足りない位だと思う)
今回のエントリーはこれで終了。
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優れた人間は無理に間口を広げる必要がない。
最初に出会った分野で大成するからだ。
世の中には、「初めて与えられた玩具がバスケットボールだったから」と云うだけの理由でNBAのトップスターの座を獲得してしまう天才も存在する。
そういった優等者は初めて与えられた玩具がマウンテンバイクであってもパソコンであっても、やはり才能を開花させていただろう。
無能者(優等者でない人間)にはそんな芸当が出来ない。
どの分野でも一番になれないので、仕方なく自分の居場所にしても許される場所を試行錯誤しながら探す。
そして、代替性のみで構築されたコミュニティの中で無能者同士の不毛なマウンティングに明け暮れる。
技能には個人毎に上限が存在する。
初マラソンで3時間以内で完走出来てしまう者もいれば、一生努力しても4時間を切れない者も存在する。
前者と後者の差は本当は単なる優劣の違いに過ぎないのだが、
世界が優しい所為なのか「努力」等と云う抽象的な言葉で周囲がオブラートに包んでくれたりもする。
技能の上限は生まれた時に既に決まっている。
故に、上記のコメントも全てが自己欺瞞である。
なけなしの器量 → 器量が無い
騙し騙し通してきた → 通ったと思ってるのは自分だけで、周囲は通ってると思ってない
研鑽しないと通用しない → 研鑽すれば通用すると思う発想が傲岸
努力嫌い → 自身の肉体が、その努力は徒労に過ぎないと既に結論付けている。
酷い書きようだが、左が主観で右が客観である。
別にコメント主氏を貶める気はない。
人間はそう出来ている生き物なのである。
兎に角、ありもしない可能性に賭けて人生を忍苦に費やすのは生産的ではない。
・学校の勉強如きが出来なかった人間は、社会性が劣っている。
・子供時代に徒競走が劣っていた者がその後修練で自己を装飾したとしても、身体能力が劣等である事には変わらない。
・美男美女で無いと云う事は、それは厳然とした不細工なのだ。
上の3点に対する必死の反論は、実は心無い人の嘲笑の的となっている。
生まれ落ちた時に決定している己の劣等を、虚勢や装飾で必死で糊塗しようとする姿は美しい。
例え、紛い物であっても本物に近づこうとする姿勢には紛れもなく価値がある。
だが、「劣等者が一代で優等者になれる」と云う宗教に騙されるのは良くない。
進化は変異個体からしか起こり得ぬし、自分が「変異個体と云う優等者」でない事も、本当は皆が薄々知っている事なのだ。
「特殊能力」と云う幻想も捨てるべきである。
少なくとも、それが備わっていると云う期待には根拠も救いもない。
努力が報われるのは成功ラインに近い位置に居るものだけだ。
獅子や巨象ならば荒れ狂う大河を渡る事が出来るかもしれない。
何故なら彼らは強いからだ。
故に、彼らの努力には希望がある。
だが、強者を真似て蛆虫が大河に脚を踏み入れればどうなるか?
誰にも気付かれず溺死するだけである。
努力は強者にだけ微笑む。
世界は余程残酷なのか、この残酷な事実を執拗に隠蔽し、
スタート地点に恵まれない弱者を鼓舞し挑戦を強いておいて、その失敗を容赦無く嘲笑う。
底辺はこの欺瞞を激しく憎む。
(そして、貴方や底辺も優越した立場にある時は、この酷薄に加担しているのである)
弱者と強者は別の生物である。
(同じ人の皮を被っていたとしても)
故に弱者の努力は絶対に報われない。
少なくとも、出来る部類の人間と自分を同等の存在だと錯覚するのは間違っている。
無論、卑屈な素振りを見せる必要などないのだが、
劣等者は劣等者なりに、その努力がどこにも届かない事を前提として戦略を組み立てるべきである。
健闘を祈る。
強者も弱者も、所詮人間。
どんなに足が速くても、車より速く走れるわけではありません。
才能に溺れ、無理をする天才は、いずれ必ず滅びます。
逆に己を知る弱者は安全な道を選び、しぶとく生き残ります。
どちらが本当に優れているかといえば、それは間違いなく弱者のほうでしょう。
2013年12月12日 7:26 PM | 幸福賢者 |
今回も非常にタメになるエントリーでしたが、ひとつだけわからないのは、
> ・学校の勉強如きが出来なかった人間は、社会性が劣っている。
↑これは?です。
いや、むしろ、私より学校の勉強ができなくても、私より社会性のある人がたくさん見受けられるからです。
逆もしかりなんですが、
「正しい答えがあるような勉強」が得意で、
ひと付き合いのように「はっきりとした正解がないもの」
を苦手とするタイプのひとが大勢いるように思うのですが。。。?
特に理系男子に。
2013年12月12日 7:53 PM | 匿名 |
底辺君は自分の事を無能って言ってる癖に凄いペースで本を出しまくってる。
突然ラインナップに脱亜論が増えててワロタ。
本当は出来る人なんでしょ
2013年12月12日 8:43 PM | 愚民 |
上の人へ
ここの管理人の怖い所は。 「優秀な癖に自分が無能である」
という前提で行動してるトコだよ。
俺はこの人の発言は真に受けないようにしている
2013年12月12日 11:36 PM | 匿名 |
「優秀な癖に自分が無能である」と偽称しているというより1番以外を無能と言って話を進めてる気がします。
ここは中学の算数すら理解できずにアメフトの肩パッドすら買えない層を相手にしてるんですよね?
ところで
①「劣等者は色々な事に積極的に手を出して、他者にとっての未知の領域(自分で作り出す)を占有するべきである。」
②ニッチ分野を未開拓段階で認識するのも立派な能力の一つだが、そんな都合のいい能力が劣等者に備わっている筈もない。
①と②のニッチ分野の開拓って同じ能力じゃないですか?①が出来る人って凄いですよ。
2013年12月13日 3:29 AM | 匿名 |
分野全部の内容を知らなくても、
一つの項目をめちゃくちゃ知っているようになれば勝手に周りは、こいつは詳しい!と勘違いしてくれますね。
加えて、少し極端な持論を入れると個性になりますな。
どうやら私はまだまだ周りを誤魔化せているようです。
2013年12月13日 4:20 AM | 1000$ |
本当に無能ならこんな文章は書けんだろうが
2013年12月13日 11:07 AM | 匿名 |
戦略の立て方がわからん。公式でもあるのか?
戦略、戦略ってこのブログではよく使われる言葉。
2013年12月13日 2:36 PM | mell |
もう出遅れたと判断して、俺が半年前に諦めたビットコインに手を染めていたとは底辺恐るべし
バブル崩壊がもうちょっと遅ければここでその辺のエントリが読めていたかもしれないのかあ
読みたかった
2013年12月13日 5:52 PM | 匿名 |
たぶん底辺さんは「能力のセット販売」をするといいよ、とおっしゃっているんじゃないかと。
ひとつひとつの能力はたいして習熟してなくとも、「複数そろってる」と需要があることがある。
一冊105円のブックオフの中古本でも、同じ作家、同じジャンルで十冊集めれば、「その作家やジャンルに興味がある人」には買う手間が省けるからヤフオクで買い手がつくように。
スキーヤーとして芽がでなくても、中国語勉強したらスキーをしにくる中国人観光客を相手に稼げるようになったように。
この場合、中国語のほうもも文法とか完璧にできずとも、要は意志の疎通ができればそれでよいんでしょうね
(↑これは、ニッチ分野の開拓といえるのでしょう。中国語とスキーの両方できる人が需要があるというニッチ分野)
ただ、この人はもともと「そこそこスキーもできて、語学を身につけるセンスもあった」人だから、それは劣等者じゃないじゃん、
セット販売できるレベルに達するスキルすら身につけることができないのを劣等者というんだ」という意見も当然あると思う。
それに対して底辺さんは、「代替性のある能力しか身につかない」人を劣等者と定義してる。
たしかにスキーインストラクターであることと、
中国語の能力を
「個別にみれば」他にいくらでも彼の代わりはいるから。
だから、噛み合わないんじゃないかなあ。
2013年12月13日 7:32 PM | 匿名 |
強者には強者の戦い方があって
弱者には弱者の戦い方がると
この世は弱肉強食なのだから
2013年12月13日 7:34 PM | 名無し |
10ですけど、
まあ、たいてい誰にでもなにかしら能力的に「マシな分野」はあるんでしょうね。
マシな分野をセットにすれば、なんとかニッチに居場所を見つけられる人もいるんでしょう。
ただ問題は、たとえば「大好きな鉄道の路線名や車両に詳しいです」
というコミュ障のオタクとか。
こういうひとをどうやって「稼ぐ」ことに結び付けるのか。
そこが底辺さんのコンサルとしての腕の見せどころなんでしょうか?
2013年12月13日 7:54 PM | 匿名 |
1番じゃなければ劣等なの!?
2013年12月13日 8:04 PM | 匿名 |
ニッチとか棲み分けを考えてると、昆虫の生存戦略が良い参考になるよ
俺は自分を小さい虫だと思って生きてるw
2013年12月13日 8:42 PM | 匿名 |
※欄が凄いことになってるな 底辺君は直球過ぎなんだよな
2013年12月13日 10:54 PM | バンビエッタちゃんに踏まれたい |
>劣等者は色々な事に積極的に手を出して、他者にとっての未知の領域(自分で作り出す)を占有するべきである。
具体的に教えてくれ~
2013年12月14日 12:14 AM | 匿名 |
幸福賢者様へ
残念ながら劣者程、根拠の無い自信に溺れているのが実情ではないかと考えております。
7:53様へ
多分、「社会性」や「出来る」の定義が私と貴方で異なるのでしょう。
いずれ機会があれば、その点も記事化してみたいです。
愚民様へ
弊ブログではライフハックに関する記述に専念したいので、
私の政治活動については全て報告を割愛しております。
11:36様へ
私は能無しです。
少なくとも、「才能」と称して世界に対して提示可能な能力を持ち合わせておりません。
3:29様へ
①の「凄い」をやらなくては生きていけないかも知れない時代を憂いております。
それが時勢であると知っていても、人間個々に過度な努力を強いる社会は肯定し難いです。
1000$様へ
私も頑張って誤魔化していきます
11:07様へ
このコメント欄の当惑や質問の多さが、私に文才がない事を証明しております。
mell様へ
人間個々に合致した効率の良い生き方・闘い方であるとお考え下さい。
(それを提示するのがコンサルの仕事なのですが)
5:52様へ
取りあえず、首を突っ込んでみるとメリットはありますよ。
門外漢に対するアドバンテージや新規人脈を得る事が出来ます
7:32様へ
私の稚拙な文章を補って頂いた事に感謝します。
私が死んだら、次の「底辺」になって頂けませんでしょうか?
7:34様へ
同感です。
ただ、弱者は「戦い方」と云う思考すらおこがましく
「生き延び方」に徹するべきかも知れません。
7:54様へ
嗜好や趣味から適性は見えますので、
日頃のコンサルティングでは、顧客の無自覚な適性・長所を指摘する所から
話を始めるケースが多いです。
8:04様へ
はい。
この点についてはいずれ記事化すると思います。
「2番に価値が無くなった時代の生き延び方」
と云う趣旨の内容になると思います
8:42様へ
虫同士仲良くしましょう。
手頃な腐木があれば御教授下さい。
バンビエッタちゃんに踏まれたい様へ
貴方のハンドルネームよりは多少は婉曲なのではないか?
と考えております。
夢が叶う事を祈らせて頂きます。
12:14様へ
それこそがコンサル商品なので、ブログでは今後もあえて掘り下げないかも知れません。
(お客様に対する公平性の観点から)
2013年12月14日 3:26 PM | teihen |