羽柴誠三秀吉は何故足軽頭にすらなれなかったのか?  (+橋下徹評)



天下人となった徳川家康にはある奇癖があった。

他人と目を合わせて喋る事が出来ないのである。

部下達は主君の奇癖に諫言した。

「今川義元公や信長の前でも堂々としていた殿が、何時からそんな風になってしまったのですか。 殿は今や天下の主なのですぞ。」

だが、家康は首を振って返答する。

「確かに昔の儂は恐れ知らずの大将であった。 だが、太閤様にお仕えしているうちに、あの恐ろしい眼光に射すくめられ、他人と目を合わす事が出来ない体質になってしまったのだ。」

 

それ程に豊臣秀吉とは恐ろしい独裁者であった。

日本史上において「独裁者」と表現していいのは秀吉だけである。

一個の人格が自ら創ったシステムすらを凌駕し君臨すると云う凄惨な政治現象を日本人は豊臣時代にしか知らない。

(無論、秀吉も公意識はかなり強く、キリスト教からの民族防衛など天下人としての責務も充分果たしている。)

それが余程日本の風土に合わなかった為か、後継簒奪者の家康は公意識を遵守した政務を行った。

偏諱を賜った徳川秀忠に至っては、まるでティベリウスが如く自身を機関化してしまった。

(徳川秀忠の歴史的功績は秀吉的な僭主政治を日本から一掃した事に尽きる。)

無論、秀忠時代にはまだ潜在的な豊臣懐古主義者が数多く居たが、その彼らでさえ誰一人として秀忠に秀吉的統治を望まなかった。

彼らの望みは独裁者の近習として自分が利益を得る事であって、秀吉的政体の誕生は望まなかったからである。

こうして、日本において在るべき為政者のスタンスが暗黙裡に決定する。

 

為政者が持って良いのは権限だけであり、その権限を為政者個人のエゴの拡充の為に使用する(権限の権力化)事は犯罪なのである。

以上、前フリ終わり。

 

 

 

 

誰も望まなかった豊臣秀吉の復活

 

 

羽柴誠三秀吉。

本名・三上誠三。

2015年4月11日逝去。

 

尾張にも摂津にも無関係な津軽人である。

(奥州仕置を断行した秀吉であるが青森の地は踏んでいない。)

中卒で運送会社を起ち上げ、27歳の時点で青森の長者番付に載ったと云うから、商売人としての才覚は大きかったのだろう。

また、水攻めを好んだ秀吉とは対照的に火攻めを好み、彼の所有する建築物の多くが不審火によって全焼し、多額の火災保険を獲得する事に成功している。

 

弟からリクエストがあったので、誠三秀吉について今このように筆を執っている。

彼については、過去に短い記事を書いてるので時間がある方は下記リンクを参照にして欲しい。

羽柴誠三秀吉の正体 【泡沫候補群雄伝】

 

また、同時期に橋下徹評についても求められたので、彼についても同時にコメントする。

質問については下記の引用文を参照のこと。

 

 



 

いつも楽しく拝見させていただいております。
早速ではありますが、「橋下大阪市長」について底辺様が思う事を書いていただければ嬉しく思います。
特に書いてほしい項目は、彼の口喧嘩の強さです。

巷では橋下は論点をすり替えるだのなんだの言われておりますが、そんな単純なものではなく、彼のあの自信や口喧嘩の強さはどこからきているのか、とても知りたいのです。
私は、彼のような人間、政治家は100年に1度の逸材だと思っております。
ぜひその彼を、底辺様がどのように思うか、彼の口喧嘩の強さの秘密はなにか、ぜひ聞かせていただきたいと思っております。

2015年5月17日に、大阪市民対象の住民投票があります。(いわゆる都構想)
もしも可能であれば、それまでにブログのネタの取り上げていただければ幸いです。

本当に底辺様の考えが知りたいです。

 



 

 

以上。

このエントリーは橋下徹質問を下さった方への返信も兼ねて執筆する。

 

 

 

 

 

藤吉郎と誠三の致命的な違い

 

信長の臣下時代の羽柴秀吉(以下藤吉郎と呼称)は謹厳で無欲な武将であった。

信長の苛酷な命令にも表向きには笑顔で応え、主君への奉仕・貢納は誰よりも徹底していた。

中国遠征時に藤吉郎が信長に贈った貢納品の規模は膨大であり、城下に延々と続く荷車の列を見た信長は藤吉郎の忠誠に狂喜し絶賛した。

(秀吉の凄惨な簒奪劇はこの翌年から開始される。)

主君が部下に求める物は本音においては滅私奉公のみであり、苦労人藤吉郎の滅私奉公ポーズはさぞ念入りだったに違いない。

 

藤吉郎が出世出来たのは、後に発揮される獰悪な本性を隠し切ってスタッフに徹したからである。

故に主君の警戒を最小限に和らげ、引き立てられる事に成功した。

 

一方、羽柴誠三秀吉(以下誠三と呼称)は秀吉から何も学んでいない。

天下どころか一郡の長になる前から、大阪城や国家議事堂を模した邸宅を構え、国主を僭称していた。

 

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結果、全ての選挙で敗北した。

もしも藤吉郎が現代に蘇ったとしたら、間違いなく全ての選挙戦で圧勝したであろう。

誠三の落選を彼の低学歴の所為にする者も居るが、それは的外れである。

何故ならば、誠三がベンチマークしていた藤吉郎は浮浪児生活の中で磨き上げた知恵で全ての群雄を屈服させているからである。

(藤吉郎が服従させた徳川家康・島津義久・長曾我部元親・毛利輝元と云った面々は、当時の基準で受け得る最高の教育を与えられていた。 輝元などは毛利両川の厳しい薫陶を受けておいてアレである。)

三上誠三が中卒である事は選挙戦で負けた言い訳にはならない。

本人は「選挙に立候補したのは羽柴誠三秀吉の通称を定着させたかったからだ」と語っているが、藤吉郎であれば全ての闘争に圧勝した上で定着させたであろう。

 

 

 

普通選挙の真意

 

社会には必ず不穏分子が出現する。

自己顕示欲・承認欲求を「社会」にタダ乗りする事により満たそうとする輩である。

生まれつき能力や人望のある者は、自らの手で価値を産み出し自らの旗に人を集める事が可能なので、社会への寄生以外のルートでも自身を証明し得る。

だが、それが出来ない人間は、出来る人間のフリをする為に社会を利用して社会の上部に寄生しようと企む。

この様な不穏分子を炙り出し、かつお互いに摩耗させ合う為の装置が【普通選挙システム】である。

(群れにとって一番有害な個体を自動的に炙り出せるのだから、この装置はより洗練させて後世に遺すべきであろう。)

無論、選挙民も全くのアホではないので集められた不穏分子の中からマシな者を選ぼうとする。

この選別眼は全く当てにならないのだが、それでも明確な地雷のうちでマスコミや選管が不正な助力を行っていない者は排除される。

誠三はマスコミも選管も悪用しなかったのだろう、排除された。

(無論、藤吉郎ならマスコミも選管も2ちゃんねるもフル活用しただろう。 当然、誰も彼には勝てない。)

 

普通選挙を利用して這い上がりたい人間は、最低でもこのシステムを理解している必要がある。

本質を理解していない場合、一時の勝利を得ても長続きしないし、何よりも不穏分子が求める「承認欲求の充足」が得られない。

 

もう一度繰り返す。

普通選挙は劣等者の承認欲求を利用した社会インフラである。

目的は社会にとって有害な過度の上昇志向を持った人間を管理・誘導する事である。

(誰よりも自我の強い連中に大衆への従属奉仕を競わせるのだから、ある意味陰湿な手口だと思う。)

故に、システムの本旨さえ理解していればそれなりにこなせるし、理解しない者はこれを乗り切る事が出来ない。

 

大衆が望んでいるのは指導者であって支配者ではない。

 

この一時を知っているだけでも、立ち回りは幾らでも調整出来るのである。

羽柴誠三秀吉は天下平定後の秀吉になりたかった。

だが、そういうタイプの為政者は400年前の世論によって既に否定済みである。

少なくとも豊臣秀吉と云う天才に憧憬を持つのであれば、台所係時代に燃料費の節約に成功した才覚や、普請係時代に人足を巧く使った器量から学ぶべきなのである。

天下統一後の秀吉を模倣するのは、「好き放題出来る王様になりたい!」と言っているのと同じ事である。

普通選挙の建前は「独裁者出現の防止」なのだから、排除されるに決まっている。

 

 

 

橋下徹評

 

橋下徹も「選挙に出たがる人種」で大まかに括ってしまって良いと思う。

底辺は特に彼だけの為に執筆の労力を割く必要を感じない。

彼の様な人種が本音はどうあれ公共の為に奔走しているのだから、システムはそれなりに機能しているのだろう。

 

>彼のあの自信や口喧嘩の強さはどこからきているのか、とても知りたいのです。

 

彼のディベートの強さに関しては地頭育ちの悪さ訓練の結果である。。

その能力が一定の評価を受け彼は役職に就き、その都構想に賛同が得られていないので大阪府は都にはならない。

ただそれだけの話である。

 

「都」とは天皇陛下の御在所を指す神聖な存在であって、芸人風情が勝手に定めて良い物ではない。

 

この一事を教えてくれる人間が不幸な事に彼の周囲には存在しないのであろう。

居たとしても、晩年の秀吉がそうであったように耳を貸さないのかも知れない。

 

 

 

家康は何故秀吉の轍を踏まなかったのか?

 

家康は絶対権力を得て害悪化の一途を辿る秀吉を真近に見ていたので、貞観政要を熟読し自身を律する術を模索し続けた。

結果、徳川幕府は唐王朝の様に長く安定した社会を構築する事に成功する。

これが為政者が身に付けるべき政治教養である。

 

そして、現代日本の主権者は国民であるので、全ての日本国民には為政者としての見識・器量を身に着ける責務がある。

 

為政者は最終的に社会のニーズが選別する。

ニーズの無い者が排除されるのは当然であるし、名目だけ席に着いた者であっても社会の需要を満たす事が出来ない者が政治目標を達成出来ないのは当然である。

 

出る杭が打たれるのは、出ているから打たれるのではない。

「杭」としての使命と報酬を与えられながら、我欲で突出しようとするから打たれるのである。

山奥にある大木の頭を誰が叩くであろうか。

これが羽柴誠三秀吉が足軽頭の役職すら得られなかった理由である。

 

我々主権者の使命は、杭である事を自覚しない者を叩き続ける事である。

勿論、我々も頭上の鉄槌を待つ杭の一柱に過ぎないのだけfれど。

 

社会の維持に豊臣秀吉は不要である。

故に我々は社会への寄生によって優越願望を満たそうとする者を打ち砕き続けなくてはならない。

 

 

 

 


 


 

 

 

おおよそ人は愚者だからといって不調法ばかりするわけでもない。

 

そして賢者だからといって誤りが無いわけでもない。

 

道理に賢い者は、その事の根源を深く考えずに事を行う為、場合によっては誤りがあるものだ。

 

何事も一己の思慮ですることなく、小事でも人に相談するべきである。

 

他人の思慮を聞く時には、己が深く考えたつもりの事でも、やはりいまだ気付かない所があるものだ。

 

お前たちもこの理をよく心得て事を行えば、過失の無いことであろう。

 

決して自分の一存で事を決断してはならぬと心得よ。

 

 

 

       徳川秀忠

 

 

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7件のコメント

  1. 多那

    >社会には必ず不穏分子が出現する。自己顕示欲・承認欲求を「社会」にタダ乗りする事により満たそうとする輩である。

    全員と言いませんが政治家に立候補する輩は変なのが多いので、あながち外れていないのかもしれませんね。
    鳩ポッポなんかは自己顕示欲・承認欲求はすさまじいものがあったと思います。東大出で博士号を持ち、スーパーエリートと言われスーパー金持ちで一体何が満たされないのか?やはり「兄より優れた弟など存在しない!」という気持ちがどこかにあったのでしょうか。

  2. 1000$

    >自己顕示欲・承認欲求を「社会」にタダ乗りする事により満たそうとする輩である。

    山本太郎「なんてひどいやつだ」
    シーランド公国「まったくだ」
    猪木「人気ありゃ 議員になれる ボンバイエ」
    津軽選挙「ほんまやで」

    問題は杭の動向が直接おまんまにならないため、市民の関心は三の次であることですかね。

    16歳ぼく「そうや、みんなが利権の歯車になったらええんや」
    五大老「せやな」
    七奉行「せやせや」
    スターリン「(共産主義で)ええんやで」ニッコリ
    三成「…………この歯車はいらんな」

  3. 1000$

    いつも思うのですが、ポッポと菅は学者先生だったらいい感じだと思うのです。
    ほら、金子勝の芸風で。
    あ、でも源太郎くん養わなきゃいけないもんね…。

  4. 匿名

     興味深く拝読しました。

     前段について
     小生は、かつて、三上誠三氏が居住していた県でマスコミ関係の仕事をしていましたが、
     記憶の限り、氏はマスコミへの働きかけをほとんどしていなかったと思います。
     (県内では青函トンネルがらみで相当あくどいことをやっていたと聞いており、その悪評を本人も知っていたので、
      県内のマスコミを利用しても無駄、と考えていたのかもしれません)
     また、取材者側も、三上氏の息がかかった観光資源等は、できる限り排除しようとしておりました。
     津軽のドン・津島雄二(太宰の甥)代議士とは、同郷でかつ政敵でしたし、
     なんせ津軽選挙の本場なので、マスコミも面倒を避けましたのだと思います。

     氏はお城のほかにも、フェラーリF50の県内唯一の所持者であるなど、ある意味非常に有名ではありましたが・・・

     また、氏は落下傘でトップに収まりたいタイプだったようにお見受けしたので、
     底辺様の分類でいうと、明智光秀タイプではあるのですが、
     トップから目をかけられるような特殊技能はありませんでした。
     国を乱さず、逝っていただいたことを感謝します。合掌。

     後段について
     「都」制度は、絶大な力を誇った「東京市」の力をそぐこと目的としていたが、
     これを「都」が帝のご在所という観点から説明するとすると、帝とは中央政府の権威のことであり、
     中央政府の権威に従わない帝のご在所などないことから東京市は解体されるべき、ということになるはずです。
     (明治初期の東京への片道行幸も、帝の権威による天下安寧という観点から、同様の説明ができると思います。)

     現在、安倍政権が潜在的に大阪都構想が支持しているのは、こういった「都」の機能的な側面によるものであり、
     政令市の中で最大の力を持つ大阪市の力を、中央政府により削ぐためです。
     東京一極集中が極度に進行し、私的資本のみならず公的資本すら東京に集中投下される現状では、
     (それは関東大震災後の帝都復興を見れば、昔から変わりませんが)
     大阪への資本投下を弱めるものであることから、大阪の地盤沈下を惹起するものであり、到底認められない。
     (この点については、藤井京大教授は正しい)
     
     日本の生き残りのため、今、中央政府は慎重に、東京へのさらなる高度な資本集積を進めようとしています。
     東京への資本集積自体は正しいと思うのですが、大阪等、関西圏を犠牲にすることにより達成しようとしています。
     (中京圏は犠牲にならない!)
     私見では、犠牲にするなら特定アジアにすべきであり、国内から犠牲を出すべきではないと考えているので、
     現在の中央政府の方向性には首肯できません。

     羽柴・橋下は大阪市民・府民の血を貢納品として、織田・中央政府に差し出そうとしているように見受けられます。
     底辺氏のおっしゃるように将来、凄惨な簒奪劇が起こるのかもしれません。

  5. 匿名

    まあ確かに普通の人生送ってたら選挙に出る機会なんてないしな

  6. 匿名

    強いられる幸せ

  7. 匿名

    多那様へ

    まともな候補も多少は存在するのかもしれませんが、本気で国を憂う者なら内部告発ラッシュを仕掛ける筈ですし、やはりまともな候補はいないのでしょう。



    1000$様へ

    このエントリーで秀忠やティベリウスの名を挙げたのは、彼らが貴人としての責任感から自己を律し続けた事が理由です。
    まさしく尊敬に値します。

    現実には源太郎君の父親みたいな候補ばかりで日々絶望しているのですが。



    12:19様へ

    所詮、街の資本は人間です。
    価値を生み出す力量のない人間しか居ない街は必ず衰亡します。
    地方を活性化させるには、優秀な人間にとって住み心地の良い街にするしかないのではないでしょうか。

    後、特定アジアに回しているリソースを断ち切ると云う御提言に賛同いたします。



    12:36様へ

    凡庸人が非凡ぶりたいが為立候補する負のスパイラルが明治以来続いているわけで。
    議会の権限はもう少し縮小するべきなのでしょう。
    最終的には帝政ローマの元老院のような名誉機関になるのかも知れません。


    5:10様へ

    せめて善事を強いられたいものです。

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