武田信玄は何故軍旗に「風林火山」を選んだのか?  ~敵の敵意すら猜疑せよ~

無題


武田信玄が本当に「風林火山」を軍旗として採用していたのか否かについては確認のしようがない。

江戸期には既にその意匠すら議論の対象となっていたからである。

敗滅とは、そう云う事である。

このエントリーは、人口に膾炙している通り武田信玄が「風林火山」の軍旗を使用していた事と仮定して書き記す。

 

 

風林火山の真意

 

疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山の文言は

「風の様に素早く行軍し、林の様に静かに整列させ、火の様に激しく攻撃し、山の様に堅く布陣する。」

と云う孫子が考える軍の進退の理想像であるが、武田信玄の真意はこのスローガンを内外に広める事ではない。

 

 

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信玄が「風林火山」を標榜した真意は、彼が意図的に孫子原典から割愛した

難知如陰、動如雷霆の二節を覆い隠す為である。

「陰の如く真意を隠して、激雷の如く突然行動を起こす」

これこそが孫子軍争篇第七の奥義であるからである。

とっとと行進するとか、大人しく整列させるとかは、吏士(下士官)レベルの遵守事項であって、大将が専心すべき事ではない。

(現場でそのレベルの指示叱責を発さねばならない状態の軍隊しか用意出来ない者は、そもそも大将としての資格がない。)

「風林火山」は下士官が心掛けるべき留意事項であった為、信玄は軍頭に掲げた。

要は、下士官と兵卒に守らせるべき事項を軍内に布告したのである。

対して、「陰雷」は大将が心掛けるべき事項である。

軍隊の真の行動目的や仕掛けるタイミングは、情報漏洩防止の観点からも首脳部が軍内にすら秘匿すべき事項だからである。

(何故、孫子が「風林火山」「陰雷」を混ぜて記したのかは解からない。 当時は風林火山レベルの事すらも社会通念になっていなかったからであろうか?)

 

 

 

 

 

陰雷の将

 

 

信玄の人生はまさしく陰雷であった。

青年期は苛烈な父・信虎から身を護る為に、真意を隠し続けなければならなかった。

父の警戒心を和らげる為か臆病者を装い据え物斬りに失敗した事もある。

(もっとも、信玄はその生涯を臆病者のスタンスで戦い抜いている。 考え過ぎてしまうタイプの臆病者だったのだろう。)

そして、父・信虎を突然追放する事にも成功する。

この成功体験が、戦国大名・武田信玄の戦略癖を形作る。

生涯を通して彼は真意を隠しながら奇襲を続けた。

駿相甲三国同盟も大井川同盟も足利義輝仲介の対上杉停戦条約も、全て信玄は破約している。

 

裏切りが日常茶飯事の元亀天正の世においても、彼が突出した破約常習犯であったからこそ、

「故其疾如風、其徐如林、侵掠如火、難知如陰、不動如山、動如雷霆。」

の一文から、わざわざ自分の行動原理である陰雷を除外して

「風林火山」

をでっち上げざるを得なかったのである。

全てのスローガンは真意の発露ではなく真意の隠蔽の為に標榜されるのである。

 

 

反日プロパガンダの近現代史:なぜ日本人は騙されるのか

 

 

 

 

世界に騙されない為に

 

キャッチコピーやスローガンは魂胆を隠蔽する為に標榜される。

全ては貴方を欺く為である。

騙し討ちにあって被害を蒙る事を防ぐには、常に他者の言動を猜疑し、その意図を推理し続けなくてはならない。

 

特に警戒を要するのが、出典を改変してまで引用した古典を掲げる者である。

これは歴史に責任を転嫁しつつ権威を借り、あまつさえ周囲を欺こうと企んでいる事を意味する。

(丁度、信玄が陰雷のモットーを秘匿しながら奇襲のタイミングを計っていたように。)

 

敵の敵意すら猜疑する事が、他者に喰い物にされない為のコツである。

 

民間防衛―あらゆる危険から身をまもる

 


 


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16件のコメント

  1. 匿名

    考えてみれば、世の中にはそういうスローガンにあふれてますね。ニッポンをトリ○ドスや女性が輝ける社会の為に外国人に家事育児を!と美辞麗句並べ立てていますが、蓋を開けてみれば国民から効率良く搾取する為の政策を進める某政治家集団が典型例です。
    願わくば、彼らの詭弁を見抜く知性を日本国民全員が持ってもらいたいものです。

  2. 匿名

    でも俺にとっては底辺君が一番知り難いんだよなあ。
    >敵の敵意すら猜疑せよ
    さすがにここまで突き詰めるのは凡人には無理でしょう。

  3. 匿名

    底辺を喰い物にする「底辺コンサル」を業とする底辺氏が敵に塩を送るとは、粋だね!!m9(。+・`д・。)キラーン

  4. 1000$

    >特に警戒を要するのが、出典を改変してまで引用した古典を掲げる者である。

    目的の為には手段を選ぶな。とかですね。
    あれは「国家の危機に対しては、政治家は国家の存続の」目的の為には手段を選ぶな。
    でした。

  5. oitan

    昨日書籍を購入させて頂きました。

    今回も示唆に富むエントリですが、世に溢れる企業のスローガンが、結構真意だだ漏れだったりする例もあるように感じます。
    これはその企業がターゲットにしている層が、その程度の隠蔽を見抜けないのか、私が更に奥にある意図を見抜けていないのか…
    或いはある精神状態においては、そんなモノにも容易に騙されてしまうものなのか。

    今後賤業にて糊口を凌ぐ生活にシフトする予定があります為、今後も参考にさせて頂きます。

  6. 匿名

    自分は歴オタで武田スキーのつもりでいましたが底辺先生ほど真剣に信玄公を観察したことはありませんでした。 
    自分は歴史に詳しいと自負していただけにかなりショックを受けました。読み終わってからもまた衝撃が収まりません。

  7. 匿名

    底辺君のあたまがいいのは古典に詳しいからと見た

  8. 匿名

    エントリーに感銘を受けました。
    読後、真っ先に想起されたのは、伝教大師最澄の山家学生式の言葉「照千一隅」です。
    すなわち、比叡山の僧・政治指導者層に「照千一隅」を求め、市井の庶民には「照于一隅」を求める。
    伝教大師最澄は、後世の人間が、自らの真意を隠蔽に資する、多義に解釈しうる語句をあえて選択したように思えます。(最澄が山家学生式を記した真意は、弘法大師空海に対抗し、自分の言葉が後世に語り継がれることを意図したのだと思いますが)
    孫子(あるいはその編者)も後世の読者を強烈に意識したのではないかと。
    陰雷について、別項に立てないことに違和感を感じる人間こそ、大将にふさわしいとしたのではないか。大将選定の一文ではないかと感じます。

  9. teihen

    3:26様へ

    スローガンと公約の区別も付かない民度の国では普通選挙を行うべきではないです。



    8:57様へ

    猜疑と憎悪は庶人にとっての唯一の武器です。
    疑い続ける事と憎み抜く事を絶対に怠らない様に心掛けて下さい。



    11:44様へ

    いや、この行為は「野暮」なのです。
    自己演出を狙う場合は、結果や成果のみを明かすべきなので。



    1000$様へ

    「健全な精神は~」もそうですが、人間はポジショントークの為なら平気で嘘を吐く生物ですので。



    oitan様へ

    御購読に感謝します。
    企業のスローガンは本当に謎ですよね。
    電通十則のように社外秘が流出したケースと違って、
    魂胆の見え透いたスローガンには考えさせられます。

    商売繁盛を祈念致します。



    10:36様へ

    いえ、私は人間が狷介に出来ているだけです。
    あまり褒められる事ではありません。



    11:39様へ

    私の頭が良いとは思いませんが、古典に触れる事は最高のライフハックだと考えております。



    11:41様へ

    恐縮です。
    11:41様の仰る通り、マニュアルには「読者の選別」と云う機能も備わっているかも知れません。
    特に歴史意識の強い漢民族は後世意識も相当強そうですね。

    何故、「千里を照らす」が「何故一隅を照らす」に転訛したのかは私にも解かりません。
    読者は無意識の内に「自分も聖賢が想定した読者層である」と思い込み古典を学んでしまうからではないでしょうか?
    私は己の僭越を戒めながらも、古典を己に向けられたメッセージであるとするスタンスで学び続けようと考えております。

  10. 匿名

    なんだこりゃ?
    「ぼくのかんがえた風林火山」か?

    史料の検証でもしてるのかと思いきや
    全部脳内思いつき話だったwww

  11. 匿名

    底辺君の芸風でもアンチ湧くんだな
    なんか意外

  12. teihen

    3:00様へ

    「古典を身に付ける」と云う事は、自身にとっての最適解を見出す事なのです。



    7:46様へ

    コメントを下さる方をアンチだとは思っておりませんし、
    御批判を下さる事はありがたい事だと思っております。

  13. はじめまして

    知人からこちらのブログを教わり今日初めて閲覧させて頂いた者です。コメント欄の遣り取りも含めて今まで見たブログの中で管理人様のブログが最も秀逸であると感じました。
    評価の基準はネットメディアと言う媒体を完全に使いこなしている様に見受けられるからです、これからも楽しみに拝見させていただきますので頑張ってください。応援しております。

  14. 匿名

    朱子と王陽明、荻生徂徠が同じ論語を読んでも解釈が異なることをいかに心得るのか。
    かような言説が、自由の名の下にみずから考えることを放棄しそれを恥じることもない戦後日本の悪弊なのか。大粛清時代のソ連での粛清対象者の方が良く考えているくらいだ。
    古典を読む意義すら解せぬ輩を相手にせねばならんとは底辺氏に心底同情する。氏の果敢さに敬意を表しつつ健闘を祈ります。

  15. 匿名リサーチ

    信長が「天下布武」をスローガンにしていなかったらただの大量虐殺者ですね。
    明智光秀にもスローガンがあれば良かったのに。
    ニートも「働いたら負け」というスローガンで持ってますね。

  16. teihen

    10:30様へ

    はじめまして。
    コメントありがとうございます。
    稚拙な内容で恥ずかしい限りですが、お褒め頂い事光栄に思います。


    12:34様へ

    ありがとうございます。
    より、公に益する解釈を心掛けれるよう肝に銘じます。


    匿名リサーチ様へ

    では、私は「うんこも磨けば光る」を旗印に進軍を続ける事にします。

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