就活と起業の損益分岐点が交差する時代に持つべき認識

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結論だけ述べておく。

ペイする職場を確保するコストよりも、ペイするビジネスを起ち上げるコストの方が安上がりになった。 

昔の人は起業のリスクに怯えサラリーマンになったが、

今では就業のリスクに怯え小商いを模索する人間が増えている。

ただ、誰もが損をしたくないだけなのである。

そう云う意味では世界も時代も何も変わっていないのである。

 

 

本エントリー執筆の経緯

 

前回のエントリーである、 

商品を売る方法   ~来歴に勝る販促物なし~

のコメント欄で事業家に関する話題となり、起業観に関するエントリーを書くと約束した。

 

無題

 

と言っても、結論を冒頭で述べてしまったので、書く事が無くなってしまった。

「ペイする職場を確保するコストよりも、ペイするビジネスを起ち上げるコストの方が安上がりになった。」

これが底辺の起業観である。

 

 

「ほら底辺ども! 起業なんて屑でもできるんだ。 お前らにも簡単にできるぞ?」

 

実はこの煽りは一昔前のロジックに基づいているのだ。

一昔前の『誰でもサラリーマンになれる時代には良く使われたフレーズである。

底辺はもっと消極的なスタンスで主張しており、

飛び抜けた根性や能力のない方or損得勘定が出来てしまう方に、今の会社勤めが続くとも思えないので、予防線として自分の事業を持っておきましょう」

位の感覚で話す事にしている。

 

サラリーマンとは、企業と独占契約を結んだ状態で仕事に応じたサラリー(報酬・語源は古代ローマ軍の兵士が給与を塩salariumで受け取っていた為)を得る職業であるが、

労働市場の暴落によって仕事量相応のサラリーを受け取る事が出来る労働者が年々減少している。

従って、景気の良い時代には見向きもされなかった小商い開業のメリットが、何故か正規のホワイトカラー就業を上回ってしまう現象が各所で発生しているのである。

(これは国益上好ましくない。 国家の使命は99%の庸人を飼育する事だからである。)

 

堺屋太一や日下公人が底辺の生誕前から力説していた事であるが、一応不肖底辺も労働者賃金低下の構造について解説しておく。

 

知価革命―工業社会が終わる 知価社会が始まる (PHP文庫)「人口減少」で日本は繁栄する―22世紀へつなぐ国家の道

 

 

「氷河期」についての解説 (読み飛ばし推奨)

 

産業革命によって誕生した大量生産社会は膨大な雇用を生み出した。

弊害も多かったが、働き先が増えた事は事実である。

そして、21世紀のIT革命は爆発的にビジネス現場の作業効率を向上させた。

多くの恩恵を与えたが、働き先も激減した。

 

 

結果、サラリーマンは割を喰う事になった。

少なくとも、「サラリーマンバブル」であった高度成長期とは扱いに雲泥の差がある。

(中卒の単純労働者が「金の卵」と呼ばれていた事自体がバブルの証である。)

かつての様な大規模な就業先はもう生まれない。

急激なIT化によって、これまで100人で行っていた仕事が1人の入力者にもこなせるようになり、

作為に基づき持て囃されるグローバル化によって、入力者の仕事はバングラデシュやインドに外注される様になった。

そして、誰でも出来る仕事はロボットかコンピューターか外国人に発注される。

ホワイトカラーすらもコモディティ化してしまったのである。

労働者が余っているのは、その所為である。

 

劇的に需給バランスが変わったのだから、労使間のパワーバランスも変わって当然である。

機械化・自動化出来る仕事の価値はこれからも下がり続けるだろう。

(相対的に、機械化・自動化出来ない仕事の価値は上がる。)

 

労働市場の暴落がどこまで続くのかの厳密な予想は困難だが、

氷が溶けたとしても、氷河期に適応出来なかった者達が滅び終わっている事だけは保証出来る。

 

 

総括

 

サラリーマンと自営業者の間に大した違いはない。
納税形態や労働形態が異なるだけである。
両者の間に優劣はないし、区分の違いは身分差ではない。

起業は特権でもステータスないし、起業家や事業家は偉人でも貴人でもない。 逆も然り。」

人間が就業するのも起業するのも、単に卑小な損得計算の結果に過ぎない。
就活生が訴える、意欲も情熱もやる気は全て嘘だし、
起業家が唱える、理念も志もビジョンも同様である。

人間は自分が得を出来そうな方向へ進むのである。

 

サラリーマンが得な時代は皆がサラリーマンになりたがったし、
サラリーマン業がどんどん損になっていく現代では、人々の起業願望は高まるばかりである。
そして、どちらかのスタイルが優勢になると優秀な人間が優勢な側に流出するので、
「優秀だと思われたい人間」も優勢な側のスタイルに殺到する。
起業ブームもサラリーマンブームも根本の行動原理は全く同じなのだ。

1、参加者にとって利益のある分野に優秀な人間が集まる
2、優秀だと思われたい人間がその分野に追従する
3、その分野が陳腐化して、構成員に利益がなくなる。
4、優秀な人間が別の利益のある分野を発見・創造する。  (1に戻る)
 
単純化すると、1~4の流れで説明出来る。
労働形態は個々の利益追求の暫定的な結果に過ぎない。

 

所詮は、起業も就業も全てこの理屈で行われているのである。

故に人間個々は己にとって楽で得な道を選べばよい。

そして、その道を探す事こそが「学問」なのである。

この鉄則さえ知っていれば何とでもなるので、各々がもう一度自分の採るべき道を模索して欲しい。

就業も起業も単なる手段に過ぎない事が判ってくる筈である。

 

 


 


 

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9件のコメント

  1. 元教育実習生

    >故に人間個々は己にとって楽で得な道を選べばよい。
    >そして、その道を探す事こそが「学問」なのである。

    しびれました。

  2. 1000$

    もう物は行き渡りましたからね。
    一家に一台どこらか個人に一台携帯電話があるような、飽物の時代です。
    ITを経てスマホのインフラとサービスも熟しております。
    次はなんでしょうね?
    実のところスマホと家電ネットワークが来ると思っております。

  3. ホッパー

    サラリーマンが儲からないから社長になれってことですか?

  4. 匿名

    なんだか生存バイアスのような気もします。
    無能な企業家はすぐ潰れていなくなりますけど
    無能な会社員だったら社内ニートで生き残れますから。
    底辺さんのいう「ペイする職場を確保するコスト<ペイするビジネスを起ち上げるコスト」
    というのは※ただし有能な人間に限る、がついてたりするんじゃないかな?
    真の無能は肉体労働(現在の技術水準ではまだ機械化できないor高コスト)とかに追い込まれそうです。

  5. teihen

    元教育実習生様へ

    もしも貴方のインスピレーションを私が刺激出来ているのならば喜ばしい事です。



    1000$様へ

    次は生殖です。
    精子や卵子、出産や結婚がこれまで以上のビジネスになるでしょう。



    ホッパー様へ

    自分にとって得な方向へ進んで下さい。
    サラリーマンがペイするのならば、サラリーマンになるべきでしょう。
    正答が人の数だけある事を認識して下さい。



    12:16様へ

    私は「社内ニート」の地位を確保するのも一種の才能だと思います。
    起業か? 就業か?
    と云う単純な二元論ではなく、「自分にとって何が得か」だけを考えてみて下さい。


    >※ただし有能な人間に限る、がついてたりするんじゃないかな?

    これに関しては、有能無能よりも能動受動の方が大きなファクターだと考えております。

  6. 匿名

    なぜ、次は生殖がビジネスと成りうると思ったのですか?

  7. teihen

    11:02様へ

    需給バランスから、そう判断しております。
    後、我々の直前の世代が生殖に対して
    「出来ちゃった」
    と云う価値観を持っていたので、その対極世代である新世代は正反対を望んでいるからです。

  8. 匿名

    前世代の価値観の反対が次世代の価値観になる…確かによく考えたら、そう言えます。洞察力が凄いですね。現在の日本人の政治的思想の保守化が進んでるのも説明できます。
    主のように大局的に時代の流れを読める人間はこの先どんなに環境や時代が変わろとも生きていけるような気がします。

  9. teihen

    一番良いのは人間個々が時代に価値観を擦り合せる事なのですが、現実的には困難でしょう。

    持たざる者の強みがたった一つあるとすれば、路線修正に要するコストが低い事です。
    適応し、生き残りましょう。

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