地方の若者が生活していく為に学ぶべき事柄を海士町で尋ねてみた 【隠岐國見聞録】



海士町へ行ってきた。

「島根県隠岐郡海士町」と言えば、近年メディアで紹介される機会も増えて来たので、御存知の方も多い筈である。

底辺も去年辺りにその存在を知り、関連ニュースをチェックしてきた。

 

 

 

【参照リンク】

 

島根県海士町に人が集まる秘密とは? 「役場は住民総合サービス会社」という山内道雄町長の改革

http://www.huffingtonpost.jp/2013/11/07/ama_n_4232760.html

 

危機感の共有が生んだ攻めの一手――海士町・島前高校魅力化プロジェクトが見据えるまちづくり

http://www.ashita-lab.jp/special/4229/

 

 

 

先日、思い切って機会を作り海士町を訪問してみた。

見るべき場所は最初から決まっていた。

「隠岐國学習センター」

公立の総合学習塾である。

 

 

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今回、幸運にも古参スタッフの方に案内して頂けることになり、見学させて頂いた。

学習成果をここに書き遺す形で皆様に報告する。

 

 

 

海士町訪問の端緒

 

底辺が分不相応にも皆様の人生に応じている事は貴方も御存知だと思う。

そしてその内訳は、日本の人口比からすれば異常と思えるくらい地方居住者からの相談が多い。

相談内容は 「恨み節」 と言っても差し支えないほど深刻な、境遇からの救出依頼である。

 

地方民救済の解法を編み出す為には、「成功している地方」をこの目で見る必要があった。

それも旧来の「イベント誘致型」の成功法ではなく、現代事情に合致した成功例でなくてはならなかった。

底辺が知りたいのは税金の引っ張り方ではないからである。

 

去年の今頃。

ニュースサイトのタイトルリンク集から海士町を見つけた。

「町長が自分を始めとする町職員の給与削減を呼び掛け~」

と云う冒頭の一文が目に飛び込んで来た瞬間、己が学ぶべき場所がここである事を確信した。

 

残念がら、そして愚かにも、留学は一年間後となってしまった。

遅まきながら、報告を開始する。

 

 

 

学習センターを見学して

 

 

隠岐國学習センターは公営の学習塾である。

島内の高校生の8割がこの施設を利用している。

特筆すべきは、この施設が無料で利用不可能な点である。

利用には、1万円の月謝(3年生は1万2千円)が必要となる。

大半の保護者達は、この施設に1万円分の価値を感じていた。

 

無論、利用者である学生達の皆が意義を感じて利用している訳ではないだろう。

「友達がみんな行ってるから私も通いたい」

と云う消極的な動機で通っている者も居てしかるべきである。

 

それでも、「友達がみんな暴走族に入ってるから私も入りたい」と云う動機で少年非行が生まれる街に比べれば、遥かに健全である。

(底辺はそんな非行都市を幾つも見ていたし、それらの全てが貧窮化に向かっている事実も知っている。)

少なくとも、学生個々の将来を確実に益するだろう。

 

見学直前に訪れたレンタカー屋の受付スタッフの方も息子さんを学習センターに通わせておられた。

雑談の体を装って(これから学習センターを案内して貰う事を伏せて)、センターについて尋ねてみたが、概ね満足しているように感じた。

特に「でも、1万円は結構高いですねー」とのこちらの振りに、「いや、お得だと思ってますけど」との返答を聞けたのは嬉しかった。

その一言を聞きたいが為に、底辺は海を越えたからである。

 

センターを案内してくれたのはA氏と云う人物である。

別にセンター長の肩書きを持っている訳ではない。

名刺の肩書きには、「総務・経理スタッフ」と書かれているだけである。

ただ、最初に役場に見学の申し入れを行った時、役場側の担当者は迷わず彼の名を挙げた。

A氏は、そんなポジションの人物である。

 

A氏は隠岐人ではない。

外部から招聘されたスタッフである。

東北で生まれ、東京のIT企業に勤務し、Iターンで海士町にやって来た。

2015年で島生活5年目。

学習センターでは古参の人材である。

(但し、教育畑の経験はない)

 

この様に、隠岐國学習センターは外部のハイレベル人材を積極的に招聘している。

他にも文部省を退官した者や、以前弊ブログで紹介した受験サプリの現役講師(数学・大辻雄介氏)も居る。

町は若者に勉学だけを詰め込む目的でセンターを作った訳ではなく、勉学なる「公用語」の教授を通して島外への可能性を与えたかったのだろう。

そして、その目的は果たされている。

 

話を戻す。

学習センターの外観は民家と変わらない。

何故なら、古民家の古材を利用して建築したものだからである。

それまで隠岐では、改築の際は建物を全て一新していた、との事である。

解体現場を見た島外組が、捨てられようとしている古材の見事さを見るに見かね、学習センターに古材を活用する事を嘆願した。

(島内組は最初この申し出を奇異に感じたようだが、今は理解が広がっているようである。)

故に学習センターの外観は民家と変わらない。

地図を片手に現地に向かった底辺が、目視しながら通り過ぎた程である。

 

 

外観に反して。

内部の充実は絶賛に値する。

和風建築を基調としながらも、現代思想に基づいて建てられていた。

 

間取りに対してのコンセントの多さ一つ取っても、見事だった。

A氏は「今後はタブレット・PCによる学習カリキュラムが増えるでしょうから。」と説明してくれた。

ホワイトボード・黒板の数も恐ろしく多かった。

多いと言うよりも、最初から壁面にホワイトボードと黒板が組み込まれていた。

英単語やスケジュールが壁一面に書きこまれていた。

 

タブレットにせよ、ホワイトボード数にせよ、根底の理念は明白である。

「個別化」を意識しているのである。

理系志望と文系志望では同じ科目を教えるにも授業内容は微妙に変わって来る。

それどころか、元来授業は当人の理解度・目標に合わせて行う事が好ましいのだろう。

 

A氏はこう言った。

「これだけ学習情報が氾濫している現在。 教育者にはコンシェルジュとしての能力も必要なのです。」

と。

IT業界出身者だけあって、IT革命以後に求められる資質は熟知しているのだろう。

この一点のみをもってしても、A氏が海を渡った事が島にとっての僥倖だった事がよくわかる。

 

 

学習センターの本棚も充実していた。

当然である。

レベルの高い人間は相応の書籍を選ぶ。

新刊も充実していた。

若者により多様な未来を提示しようとする強い意気込みが伝わって来た。

スペースの関係もあり、本棚は5畳分程度の面積。

限られたスペースの中に想いが詰め込まれていた。

 

 

 

現代型の教育がそうであるようにセンターでも「質問力」を重視する。

社会が多様化すればする程、選択肢を押し広げ掴み獲る為のコミニュケーション機能が必要とされるからである。

(逆に単一的な価値観に基づく社会では、指令を的確に聞き取り遂行する機能が必要とされる。 北朝鮮などがその顕著な例である。)

故に、センターでは生徒に対しての面談が重視されていた。

進路についても社会を知っている大人が真剣に聞き取る。

 

「看護士になりたい。」

 

と生徒が希望を出したから、鵜呑みにして看護学校の願書を取り寄せる事はしない。

何故、その道を目指すのか?

資格を取った後、どんな風に働きたいのか?

それを真剣に聞き取る。

 

語彙が足りずに「看護師」と言っただけで、実は介護がしたいのかも知れない。

都会で就業する為に「看護師」の資格が欲しいのかも知れない。

大病院と地方の診療所では求められるスキル・キャラクターが全く異なる事実は知らない可能性が高い。

 

そういった可能性も考慮して学生の希望を聞き取る事は非常に難しい。

ヒアリングする側の経験や能力、情熱に大きく左右されるからである。

勿論、学生は自分に関心も愛情も持たない相手に自分の意思・希望を伝える術を身に付ける必要がある。

海士町の学生に限らず、是非とも青年諸氏には身に付けて欲しい。

 

 

 

学習センターと海士町の関係について

 

A氏との面談中。

隠岐島前高校の若手教師陣がセンターにやって来た。

明るい口調で 「メシ友を探しに来たんです。 一緒に行く人居ます?」 とセンターの職員(全員が非教職者)に呼び掛けて雑談と打ち合わせを始めた。

あまりにタイミングが良かったので、島外ブロガーである底辺の印象を操作する為の小芝居の可能性も疑った。

万が一、あの歓談が詐術であったとしても批難するつもりはない。

そこまで出来る大人に育てられたなら、海士町の子供は逞しく育つだろうからである。

 

学校教師・塾講師・予備校教師の三者は大抵不仲である。

お互いを見下し合っているからである。

その醜態を生徒に見せる事の悪質性は言うまでもない。

人間が立場や所属ではなく、能力と人品で評価される時代にシフトしている現在。

少なくとも、範を示すべき者が互いの立場を笑い合うべきではない。

 

その意味でも、高校側とセンター側が明るく雑談している場面を見れた事は嬉しかった。

「密接な連携」と云う建前が少なくとも全くの嘘ではなかったからである。

無論、給与体系や指揮系統の違いを全て埋められる筈がない。

(人間は支給される弁当のおかず一つの違いで容易く隣人を差別し嘲笑し憎悪する様に出来ている)

 

それでも、交流の現場を底辺はこの目で見た。

あれが嘘でも構わない。

多くの場所では、その初歩的なフィクションの必要性すら認識されていないからである。

 

 

 

 

海士町に残りたい

 

 

「海士町に貢献する為に役場に就職したい。」

と言った若者が居たらしい。

極めて正当な願望である。

だが、町長は苦渋の謝絶をした。

役場には求人が無かったからである。

 

そして、こう言った。

「島外で働き、スキルと経験を身に付けて欲しい。 その二つが結果として君の島内での働き口を作る」

と。

 

こんなに残酷な回答はないと思う。

「技能も経験もない人間は要らない」

と言っている様なものだからである。

 

だが、この言葉は100%の事実である。

故に、遺憾ながらもこの言葉は100%正しい。

 

海士町だけの話ではない。

これが21世紀の答えなのである。

 

 

 

 

若い方へ

 

ついこの間まで、人類は単一規格・大量生産時代に暮らしていた。

嘘ではない。

年配の人間に尋ねれば、少なくない数がこう答えてくれる。

「自分は中卒・高卒後、集団就職で都会にやって来た」

と。

 

この一言に前時代の特質の全てが詰まっている。

かつては労働力が必要とされていたのである。

それも質ではなく量の形で。

 

労働者に割り振られる職務も今より単純であった。

単純であったからこそ、一山幾らで安い労働力を大量に掻き集めた。

多くの職場が大量の労働力を必要としたから、本来安い労働力に高い賃金が支払われた。

今よりも需給関係が労働者に有利だったのである。

 

時代が変った。

労働力を大量に必要とする職場は激減した。

コンピューターやロボットは人間の何万倍も賢く強いからである。

(しかも、彼らは組合活動をしない)

 

人間に求められるのは、意欲でも根性でも若さでも酒の強さでもなく、専門分野における経験・能力となった。

大量に雑用係を掻き集めて、気の利いた雑用係を出世させていくシステムは、もはや現代社会に合致しないのである。

(目端の利いた賢者は、もはやシンソツと云う名の雑用係を募集していない)

 

故に、社会は若者にも容赦なく技能と経験を要求する。

勿論、多くの若者はその両方を持たないから搾取される。

「インターン奴隷」「インターン詐欺」

底辺でも知っている単語である。

恐らく、実態については貴方の方が詳しいのではないだろうか?

 

隠岐國学習センターでもインターン学生が働いている。
A氏は「搾取になってしまわない様に細心の注意を払っている」と語った。

事実、気を遣ってはいるのだろう。

だが昔は、今の大人が若い頃は、今インターンの学生がやっている仕事には正社員・正職員の待遇が与えられていた。

何より、現在の若者ほど真剣にその職務に向き合っていなかった。

違う、とは言わせない。

 

 

今、我々が生きているのは

「労働する権利を買わなくてはならない時代」

である。

この悪習は必ず悪化する。

人類の歴史が必ずそうであったからである。

 

※ 否定する方が居られるなら、労働者の待遇が需給関係の変化以外の要因で向上した事例を一つでもいいから教えて欲しい。

  「名君による独裁」と云う回答には耳を傾けない。 その正義を妨害し続けて来たのが人類史だからである。 

 

 

無論、社会が一丸となってこの問題を解決する必要はある。

だが、往々にして救済は損耗の遥か後からのんびり歩いて来るものと相場が決まっている。

貴方は救われない。

この問題の善後策は、時代が変わりこの問題への取り組みが不要になった頃に発動し、問題の反対側に居た人間を激しく損耗させる。

故に、貴方は救われない。

 

誠に恐縮だが、自力で御自分を救って欲しい。

(厚顔で無責任なお願いある事は百も承知である。)

 

 

救済方法は海士町方式が好ましい。

無限の情報から貴方と親和性の高い物を案内出来るコンシェルジュ的な大人を複数見つけて、「貴方の」最適解に近づいて欲しい。

親切で経験豊富で地頭の良い者が好ましい。

探せば必ず見つかる筈である。

周囲にそれらしき者が皆無であれば、環境そのものがマイナスである可能性が高いので、エネルギーの大半を脱出・移転に費やして欲しい。

それが貴方にとってのベターであろう。

 

「我が故郷には山内町長の様な英雄が居ない! それなのに海士町民と同じ事を要求されるのはあまりに酷い!」

 

と憤慨する方も多いと思うので、A氏が何度も繰り返した言葉を貴方に伝える。

 

「海士町の改革は課長クラスの強い賛同によって動いています。 燻っていた導火線に山内町長が火を付けて改革が本格始動したのです。」

 

A氏は何度も「課長クラス」の活躍・協力について言及した。

英雄が生まれるには生まれるだけの土壌があったのである。

故郷を変える為に英雄になれ、とは言わない。

だが、貴方もその土壌の一粒にならなれるのではないか?

胸に刻み付けておいて欲しい。

 

 

 

海士町は今

 

今年、海士町の保育園に「待機児童」が発生した。

日本国の人口事情を鑑みれば、言うまでもなく離島としては異例中の異例である。

 

海士町の人口は微かではあるが増加に向かってグラフを反転させた。

死ぬ者の数を生まれる者の数が超えたのである。

これが断じて恩寵などではなく摂理に過ぎない事は言うまでもない。

 

街も人間も幾らでも幸福になれる。

その事実だけは忘れないで欲しい。

 

 

以上、簡略ながら海士町見学の報告を終える。

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19件のコメント

  1. 匿名

    脱出できる能力(お金、行動力など)すらないから困ってるんだと思いますが。

  2. teihen

    8:46様へ

    知悉する成功例の数が行動力の幅を広げます。
    だからこそ、前を向いている人間の実例を紹介しました。

  3. 匿名

    このケースで私が一番感心したのが、
    「外部から優秀な人材をもってくる」という点ですね

    地方だとなんでも自分達だけで問題を解決しようとする風潮があると思います。
    しかも考えが似たり寄ったりだから、革新的なアイディアが生まれにくい。

    今回のケースは、アウトソーシングを活用し、閉塞的な地域を活気付けたという良い事例だと私は感じました。

  4. 匿名

    この月1万2千円の学習支援施設でどの程度の学力を身に付けられるかがポイントだと思います。F欄しか行けないようであれば意味ないし、MARCH以上行けるのであれば世間的には受験勉強をしたと言えるラインがここら辺からだと思われますのでMARCHでリベラルアーツ(笑)を学ぶことに意味あるかはおいといて意味ありますし、いかに大手予備校がぼったっくっているか分かります。底辺さんは個人的には大手予備校講師をどう思いますか?自分は需要と供給がマッチしているからとは言えど毎年入荷してくる情弱生徒相手に高々一科目教える程度で年収ウン千万も貰っているのはほぼ詐欺師だと思います。

  5. teihen

    6:57様へ

    これは反面恐ろしい事で。
    「じゃあ、内部の人間であっても優秀でなければどうなるの?」
    という問いにも直結しております。

    いずれにせよ。
    「これだけ通信・移動が容易になった現在において、個人は能力・経験を必死で磨かなくてはならない。」
    と云う一事には多くの方が御賛同頂けると思います。




    8:30様へ

    >底辺さんは個人的には大手予備校講師をどう思いますか?

    彼らがこの道に入った時点でMARCHのリベラルアーツも必要だったのです。
    社会が職能ではなく職位で運営されてましたから、より規模の大きな会社により期待値の大きい雑用係として加入するには必要でした。

    無論、現代社会においても20世紀式の手法を取る会社は少なくありません。
    ですので、彼らの存在も全く無意味ではないのです。

    私は予備校に通って実力以上の大学に「潜り込む」行為も、厳しい言い方をすれば一種の詐欺だと思っております。
    無論、本人達はそれを「努力」と捉えているのでしょうが。

    そういう意味で予備校生と予備校講師は非常に親和性の高い同士ではあります。
    無意味なカリキュラム/自分を価値があるかの様に偽装して高く売る事を画策する者同士だからです。

    もっとも、世界など所詮はこういった虚構の集合体に過ぎないので、これを批難するのは酷です。

    故に私は、時代に合致した虚構の誕生を強く望みます。

  6. 幸福賢者

    >労働者の待遇が需給関係の変化以外の要因で向上した事例を一つでもいいから教えて欲しい。
    ⇒脅迫推奨。
    労働組合を使うか、労基に訴えるか、辞表を手に脅すか。
    代わりがいないと思わせるレベルの仕事ができるなら、交渉できんこともない。
    結局、道は自身の力で切り開くしかありません。

  7. teihen

    幸福賢者様へ

    私にとって労使間の問題解決を闘争によって解決すると云うのは最終手段なのですが。
    やはり、この状況は戦闘的な発想で打開せざるを得ないのかも知れません。

  8. やす

    <>
    とても興味深く、考えさせる言葉ですね。
    ありがとうございました。

  9. やす

    [今、我々が生きているのは「労働する権利を買わなくてはならない時代」である。]
    とても興味深く、考えさせる言葉ですね。ありがとうございました。

  10. teihen

    やす様へ

    イギリス・アメリカのアングロサクソン国が、この手口で若者(それも自国民の)から滅茶苦茶に搾取してるんです。
    ハーバード・ケンブリッジを卒業した俊英達が、事実上のタダ働きをさせられております。

    何としても、この悪習が定着する事を阻止したいのですが。

  11. 匿名

    >「技能も経験もない人間は要らない」

    これは、どの企業もどの学校もどの地方もどの国も思っていることではないでしょうか。
    でも、現実問題、そういう人間は山ほどいる。
    底辺氏は、まさにそこを自身のフィールドとされているのでは、と感じました。
    それが感想の一つ。

    現在は、企業ならともかく、自治体側が構成員を守れなくなっている。
    住民を守れない地方、国民を守れない国家に果たして未来は……。
    三国志でいえば、配下を見捨てた公孫サンの意図は正しい。
    が、起きた結果は公孫サンの意図を超えていた。

    その覚悟あるならよいのです。
    ただ、覚悟なきまま甘い汁だけ吸うのは、とてもまずい。これが感想のもう一つ。

    >街も人間も幾らでも幸福になれる。
    仰るとおりです。
    私は、覚悟したうえで、幸せであろうと今決めました。

  12. teihen

    9:47様へ

    問題は、殆どの企業や学校や地方にも、大した技術や経験を持ってる人間が乏しく。
    その事実を当事者たちが自覚しているので、ポストを奪い合うだけの椅子取りゲームが起きていることなんだと思います。

    人間は惰性でしか生きれない生き物ですので、覚悟を持っている人間も、それを「甘い汁」だと自覚している人間もいないでしょう。
    個々にとっては、社会などエサ場に過ぎませんので。


    貴方の御幸福を祈っております。

  13. 匿名

    私達は技能を磨き、経験を積み、買ってもらえる人材になれるよう日々努力する必要があるかと思いますが、

    将来を見越したとき、
    どのような技能を優先的に習得する必要があるか、
    具体的にご教授していただけると助かります

  14. 1000$

    「人間は何事にせよ、自己に適した一能一芸に深く達してさえおればよろしい」
    (与謝野晶子『人間礼拝』より)

    バナナ夫婦は言うことが一皮違うのう。

    アプリケーショナルな、後で取って付けられるスキルや
    培った経験がものをいうオペレイティングスキルがあると思います。

    >無限の情報から貴方と親和性の高い物を案内出来るコンシェルジュ的な大人を複数見つけて、「貴方の」最適解に近づいて欲しい。

    とのことですが、例によって例の如く、

    「whatは大いに理解できたがhowがわからん!」

    というのは読者として思うところであります。

    「その手があったか!」

    とまでは申しませんが、ご負担で無ければ
    前回の記事のように事例紹介頂ければ幸いです。

  15. 匿名

    1000$様

    以前の記事にあったと思うのですが。
    コンシェルジュ的な大人はどう調達したらよいか?
    1.「・・・て、底辺コンサルティング」
    2.私淑する。(まともな入門書には参考文献が乗っています)

  16. teihen

    8:25様へ

    まずは御自分の棚卸をして適性・資質を把握することです。
    これだけ多様化した、この現代。
    普遍性のある最適解は存在しないのですから。




    1000$様へ

    実は、現代型の成功例を次の記事で紹介する予定です。
    寄稿文も既に頂いております。
    実際に時代の変化に適応した人間のメッセージを読む方が、自分で成功ルートを探すよりも早いと思いますので。




    2:49様へ

    申し訳ないです。
    底辺は大人ではありません。
    大人になれないまま、おっさんになってしまいました。

  17. 匿名

    興味深い試みのご報告、誠にありがとうございました。一定規模以上の自治体では困難な、正に逆の意味でのスケールメリットですよね。
    でも海士町の方々は幸運です、こういった人生の師達が行政のお墨付きの元、門戸を大きく開いてくれる訳ですから。
    普通の田舎ではかような優れた師と出会う機会がまずない。師と見抜く目もない私の如き凡百の輩には田舎は厳しいところでした。だから若者は師との出会いを得るため都会に出るべし、となるのかもしれませんが。

  18. よし棒

    非常に資本主義の本質を捉えた内容だと思います。
    私も商売人を志、少なからず行動している身として、
    大変共感と、学ぶ事柄が多いです。
    まだ30歳ですが、貴方のような、知恵があり
    行動力がある方が、しかも無料にて情報発信を
    されている事に驚きました。
    随時チェックさせて頂きます。

  19. teihen

    11:42様へ

    今はネット上での交流で知己を増やす事も出来ます。
    こちらから積極的に師事する姿勢があればいつかは良師に出逢えるかも知れません。


    よし棒様へ

    お褒め頂いて恐縮です。
    ただ、私は然程の知恵も行動力も持ち合わせておりません。

    ですので、今回。
    知恵と行動力を兼ね備える海士町の人々に教えを乞いに行きました。

    今後も、皆様に与えて頂いた教えを皆様に還元して行こうと考えております。

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