元祖グラゼニ・板東英二に学ぶ金持ちになる方法



【オーナーズリーグ】[坂東 英二] 中日ドラゴンズ レジェンド 《OWNERS LEAGUE 2012 02》ol10-l-002

 

 

 

板東英二は野球選手として日本屈指のレジェントである。

甲子園通産83奪三振と云う、空前絶後の大記録を打ちたてた。

身体能力(特にタフネス)に限定すれば、歴代プロ野球選手の中でも卓絶した逸材。

ただ、野球に関しては「金儲けの道具」と割り切っていたらしく。

プロ入団1年目から、引退後を見据え牛乳屋を買収する等、凡百の選手とは一線を画した動きを見せている。

まさしく、元祖「グラゼニ」である。

 

 

 

板東英二の特色の一つとして、サイドビジネスがある。

中日入団時から現役引退後を見据え、現役時代から開始していた。

まずは19歳で牛乳屋を買収し、オフシーズンにはジュークボックスを売り歩いていたという。

当時、月収10万円(現在の100万円程度)だったが、ジュークボックスを1つ売ると17~18万円になったのだという。

野球選手としての年俸を軽く超えていた。

だが、海岸沿いの温泉地などで売っていたので、潮風ですぐに故障し、クレームが多かった、と明かした。

ところが、当時はラジオ放送が主流であったため、「あの板東が売っていた、とは思われなかったため、助かった」と話していた。

26歳の時には、大阪・西天満にビル(通称・板東ビル)を所有し、ナイトクラブ、サウナ店、割烹を取り仕切っていた。これらの店の準備を終えてから、練習や試合に向かう、という生活だった。

このことは当然、コーチたちも知っていたようで、「サイドビジネスを辞めろ」と言われたが、

「それなら、オレの生活を一生保障してくれるのか?」と反論したところ、その年でクビになってしまった、とのこと。

 

特筆すべきは、知名度も実績も実力もある、エリート選手でありながら。

「一流野球選手」と云う現状を本人が微塵も信じていないことである。

(但し、徹底的に利用している)

板東英二にとっては、「ビルオーナー」としての自分も「TVタレント」としての自分も、

一過性のものなのかも知れない。

あくまで、職業や地位は金と云う普遍物を獲得する為の手段であって、目的ではないのだ。

彼は野球よりもTVの方が収益率が高いから、そちらにシフトしているのだ。

賢い。

 

【板東英二のマキャベリズム】

野球解説について、板東英二は

「東京では巨人ファン、中京圏では中日ファン、関西では阪神ファンになっている」

と指摘された後。

「そうでしょう!そら~、その土地に合わさないとね。

言い続けると世間は甘い!受け入れる。…処世術ですよ」

こう云うことを平然と言ってのけたのだ。

板東英二の人生は「処世」と云う言葉で一貫している。

満州生まれのせいか、中国的な調子の良さ(ピンの商人としては最高の資質)を彼は持っているのだ。

金持ちになりたい人間は、彼の軌跡と哲学を観察し、真似れる部分は真似るべき。

無論、甲子園の奪三振数で競おうなどとは思わぬ事。

ダルビッシュや松坂大輔を超える怪物なのだから。

 

天然 板東英二のゆでたまご伝説

 

【脱税する位儲けてる】

「ワシ、1日も休みいらんねん」が口グセらしい。

27日、板東英二(72)の個人事務所兼番組制作会社「オフィスメイ・ワーク」が、05年から11年8月期までの7年間で約7500万円の申告漏れを名古屋国税局に指摘されていたことが分かった。

うち約5000万円は所得隠しと判断。重加算税を含め追徴課税は約2800万円にのぼるという。

イベント企画会社にテレビ番組の制作や商品開発を外注したように装ったり、倒産した自動車販売会社に金を貸したように見せかけていた。

これらは板東の主導によるものだったという。

88年から23年間、国税庁のPRをやっていて、07年には感謝状までもらっている。

それなのに納税意識は低かった。年末年始もオンエア予定の番組はびっしりで、今頃テレビ局は頭を抱えている。

実際、正月に放送予定だった名古屋ローカルの冠番組はオンエア中止が決まったが、“銭ゲバ”ぶりは昔から有名だった。

 

「カネを稼ぐのが大好きで、あらゆる副業に手を出し、失敗すれば後輩や芸能人から借金していた。野球場で引退した選手を見つけると、野球の話そっちのけで『うちの事務所に来~へんか~』と熱心に勧誘。仲のいい星野仙一が楽天の監督になったときは、『これで東北の財界にコネができたわ~』と喜んでいたほどです」 (球界関係者)

 

中日入団1年目のオフにジュークボックスの営業を始め、その後もサウナ、ナイトクラブ、麻雀荘、割烹料理店、牛乳宅配業、株取引、通販事業と手当たり次第にやってきた。

あまりにサイドビジネスが忙しく、肝心の野球解説はブースで爆睡していたことも。

ある球界OBはこう話す。

 

「口から生まれてきたのかというくらいよくしゃべる。会話で人を巻き込む力があるので、商売人には向いてるなと思った。74年に中日が優勝したときに自分で歌った『燃えよドラゴンズ!』のレコードを発売したり、自分で考えたロゴをつけた服を売ったり。ウソかホントか税金対策のために扶養控除の欄に親戚中の名前を入れて、申請の紙を2枚も3枚も書いていたという話も聞いた。昔ならいざ知らず、今は調査も厳しいだろうに、それでも必死にセコイことをやってるなんて、70過ぎてみっともないね」    

カネに執着する理由を「入団時の契約金を父が株式投資につぎ込んで失敗したこと」と本人は語っているが、“カエルの子はカエル”だったか。

 

 

 

 

 

 

 

 

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