体育会系は何故優遇されるのか?

無題


前回のエントリー 「【緊急】 オタクは何故気持ち悪いのか? 」 のコメント欄で、

「ひたすら勉強とスポーツをしてるのが健全な若者像ってことか?」

との書き込みがあり、底辺はその回答として

「実はこの質問(スポーツは何故優遇されるのか?)もよく寄せられるので、次回のエントリーの題材とする事を約束します。」

と記した。

前回の補足も兼ねて手短に今回のエントリーを綴る。

 

 

 

スポーツの本義

 

スポーツは多かれ少なかれ軍事訓練の一環である。

もしくは、軍事行為の代替品である。

故にスポーツマンは優遇される。

兵士としての適性があるor基礎訓練課程を終えているからである。

特に、上下関係と云うフィクション・敵味方と云うフィクション・集団の勝敗と云うフィクションは、

それらが虚構であるが故に浸透には時間と手間が掛る。

入隊以前から自主的に虚構を学んでくれるなら、国家にとってこんなに有り難い事はないではないか?

スポーツマンが優遇されるのは、その為である。

 

喧嘩自慢の不良少年が

「あんなモン、俺がやったらもっと凄い記録出したるわ!」

と主張しても然程相手にして貰えないのは仕方のない事である。

数秒のタイムや数センチの飛距離の違いなど、社会全体からすればどうでも良いのである。

要は社会にとってプラス要因となり得るか否かの話に過ぎないのだから。

 

適性・能力がある癖に社会に還元する意志がないのなら、それはただの謀反人である。

(I籐先生、誠に無礼かとは存じますが貴方に申し上げております。

 

 

 


社会から見た文弱者

 

この裏返しの理屈で文弱者は軽視される。

当然であろう。

芸術や文学や趣味や恋愛は「自我」に属するものなのだから。

他人を低コストで支配管理したい人間にとっては、それらに親しむ者など害でしかない。

「自我」は奴隷に最も不要なものである。

思考能力を奪い信号に対する反射機能を養うスポーツは推奨されるに決まっているし、

それらを自主的に行う青少年を尻目に「自我」の開拓を模索する者を組織が好む訳がない。

これは善悪以前の単なる摂理である。

(無論、わざわざ声高にそれを吹聴して貴方が不利益を被る必要はない)

 

 

当然過ぎて誰も意識すらしていない世の理

 

全ての教育は組織の部品となる為の教育なのである。

当然である。

人間は群生生物なのだから。

最も数が必要な奴隷層の被訓練者が好まれるのは当然ではないだろうか?

 

勉強熱心な子供が大人からは許容される割に子供仲間で軽侮されがちなのも自然な事である。

勉強(科挙)は奴隷頭を選抜する為のシステムなのだから。

真面目に奴隷訓練を受けている者から見れば、

「自分の命令者になる事を画策している者」

と映る。

こんなに癪な存在もないだろう。

 

 

ビル・ゲイツの最も有名な演説で

「ギークやナードを虐めない方が良い。将来彼らの下で働く可能性が高い。」

 

 

と云う一節があるのだが、ゲイツのこの鬱懐こそがこの構造の本質を表している。

(学校では教えてくれない人生に役立つ11のルール、と云うスピーチタイトルとのこと)

「富強の奴隷頭ビル・ゲイツが奴隷層に対して如何なる感情を持っているか?」

無論、底辺には知る由もない。

ただ彼の寛恕を願うのみである。

 

 

「運動をせよ!」

とか

「ナードの恨みには気を付けろ!」

とかの使い古されたアドバイスを述べる意図はない。

 

 

ただ、「世の中は概ねこんな原理で成り立っている」程度の事は認識しておくべき、と云う話である。

ビジネスにしても何にしてもそうなのだが、根源の摂理を把握する労力を惜しめば、致命的な不利益を被る羽目になる。

各々にあっては、世の理を解き明かしておく事を推奨する。

 

 

 


 


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16件のコメント

  1. コン

    極論に感じたってことは正論なんだろうな

  2. 名無し

    権力者にとって不利益なオタクが排除され、利益になるスポーツマンが優遇されるってことか

  3. 匿名

    結局みんな奴隷が欲しいんですよね。

  4. teihen

    コン様へ

    自分でも書いていて極端な論調である事は自覚していたのですが。
    類似の質問が多かったので、根の部分から洗い出してみようと思いました。


    2:30様へ

    単にオタク・スポーツマンと云う括りで見るのではなく、
    (オタクなアスリートだっていっぱいいます)
    「社会から俯瞰した時に自分の在り方は有益か否か」
    も意識して欲しいと思ったのです。
    特に、この記事は若い方が読んで下さる事を期待して執筆しました。



    5:14様へ

    しかも、公平さを偽装した上で。

  5. じょい

    私の知ってるI籐君は底辺様に説諭されるようなことはしないので、違うと思いますので、
    冒頭に出現する「I籐」先生はどこのI籐君なのか気になります。

    伊藤君ですよね?
    名前なんていったっけな?

    ちょっと、底辺さんの言う「I籐」君、フルネームで言ってみて。

  6. teihen

    じょい様へ

    私には知人の個人情報を座興で披露する趣味はありません。
    伊T先生についての情報も一切明かすつもりはありません。

  7. 1000$

    体育会系が就活で持て囃された理由に、
    上下関係が叩き込まれている
    体力がある
    は当時から言われてました。

    そういえば、従兄弟はそれを見越して集団競技の部活に入り、さっさと大手に就職してましたね。

  8. 匿名

    >従兄弟はそれを見越して集団競技の部活に入り、さっさと大手に就職してましたね。

    それはそれでなんかやだな。就活の為に部活やるんでしょ?就活系体育男子というか。

  9. 1000$

    目的のために手段を選ぶな、という言葉もありますゆえ。
    後出しですが、小学校のころから体育会系だったのでその辺りは趣味と実益を兼ねた結果だと思っております。

  10. teihen

    1000$様へ

    従兄弟様は組織適性ありそうですね。
    部活関係なしに、自然に就職出来そうなタイプです。


    4:40様へ

    お気持ちは解りますが、採用者側はそういうメンタリティを好みますから。

  11. 匿名

    >世の理を解き明かしておく事を推奨する。

    出来るかwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

  12. teihen

    9:16様へ

    コツは、
    「自分が現代文明全体の統括責任者であった場合に、
    何を次代に残し何を排除させるか?」
    を日頃考えておくことと、

    「統括者からその腹案を聞かされた個々が、如何なる感情を持ち如何なる対策を練るであろうか?」
    を想定しておく事です。

    この2点さえ抑えておけば、自分一代が日本での生活を凌ぐ程度の対策は十二分に立てる事が可能です。

  13. 特命リサーチ

    わたすの観察によると、
    体育会系 返事が早く勢いがある(悪く出る場合は返事だけはいいが物覚えが悪い)
    ヲタク系 反応すべてが遅い(悪く出る場合はひねくれ感満載でイラッ)
    そりゃあ、ねえ。(´・ω・`)

  14. teihen

    特命リサーチ様

    こうしてみると返事・相槌が如何に重要かですね。
    仮に運動が出来ない人間でも、ハキハキとした返事は心掛けるべきですね。

  15. 通りすがり

    時々興味深く拝見させていただいてます。
    遅いコメントですみません。

    当エントリーで、体育会系と文弱者という二元論がそもそも変だな、と思いました。
    文武両道が非の打ちどころのない人間として称賛される反面、
    社会で一番役に立たない存在とされるのは、そのどちらでもない者でしょう。
    スポーツにおいて目標を設定しそれをクリアしていこうというような向上心がなく
    文化的活動を通して内省や創造に努めることもないのが、ソレです。
    田舎のヤンキーも、ひきこもりも、キョロ充も、その他大勢のモブも、同じようなものです。
    スポーツバカは、少なくともソレよりはマシという担保みたいなものじゃないですか?

    無為に日々をだらだらと送り、克己心というものも創造性もない凡人に
    せめて、「明日の自分が今日の自分より上であるよう努力し続けること」を旨とすることが
    人生における所与の前提である、と若い時分に刷り込みをするのが、体育会系の役割です。
    特筆すべきスキルや経歴があれば、文弱者はスペシャリストとして一目置かれますが
    そうではない、有象無象の若者を比較するときに、体育会系を経由していれば
    少なくとも「努力の大切さとそれでも結果が出ない限界」を経験しているのではないか
    という期待は持てます。…実際はもちろんそうとも言えないでしょうけれど。
    余談ですが、学歴が未だに評価されるのも
    受験という公開試合にどのように挑んだか、を反映している見られているからでしょう。
    スポーツマンを優遇するのは、その精神論に期待してのことと思いますが
    それは上下関係を基礎とした組織内ポジショニングをわきまえろということよりも
    現実(=大抵の努力は報われないし世の中は理不尽であるということ)を知らず
    一度の敗北ですぐに内に籠ってしまう「底辺」を篩にかけるためなのではないでしょうか。

    底辺さんのおっしゃる「消費型オタク」が抱きがちな妄想の成功ストーリーは
    成功までのプロセスを具体的に描くことができない故に世間を甘く見積もるという罠ですが
    不毛な努力と挫折を経験していない、こういった人間を一般的な会社で採用すると
    批評家あるいはお客様のスタンスのまま、いつまでもプレイヤーになれない印象です。
    文弱者が嫌われるのは、理屈を捏ね繰り回し他者に批判的なわりに行動力が伴わないといった
    自己評価が過大、あるいは被害妄想的なタイプが目立つからでしかなく
    さわやかな脳筋と嫌味眼鏡だったら前者の方がマシ、というだけのことと思いました。

  16. teihen

    通りすがり様へ

    別に「調教済み奴隷」と「未調教奴隷」と言い分けても良かったのですが、それでは表現としてあまりに残酷なので「体育会系」と云う単語を使用しました。

    スポーツも勉強も人間と云う動物を調教して社会性フォーマットに落とし込むツールに過ぎません。
    そのどちらの洗練も経てない者は、奴隷として安い値段しかつかないのです。

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