コンサルタントの歴史について



アイキャッチ画像は科学的管理法の父・フレデリック・テーラーの肖像写真

 

 

コンサルタント業の起源

 

コンサルティング(consulting)と云う英語がそのまま使われている事から判る様に、コンサルタント業はアメリカで発祥した職業である。

南北戦争前後の急激な工業化は、奴隷的の代替品としての労働者雇用を目論む資本家階級と全米で組合を組織した労働者階級の深刻な対立を齎した。

事態を憂慮した有志が労使間の仲裁機関として「アメリカ機械技師協会(ASME)を設立する。

(もっとも、これは神話であり、実態は機械技術と科学の進歩を目的に設立された有識者クラブである。)

 

無論、ASMEはコンサルティングを目的に設立された訳ではないが、

結果としてこれが経営コンサルティング会社の起源となる。

 

 

マネジメントの概念を産んだ男・フレデリック・テイラー

 

「科学的管理法の父」と称えられるフレデリック・テイラーも当時既に発明家・天才技師としての名声を獲得していたのでASMEの設立に携わり、1905年には代表に選出されている。

テイラーは善なる異端とも言える人物であり、眼病でハーバードを退学しポンプ工の見習いからキャリアを始めるも、工場現場で我流の科学的管理法を編み出し勤務先の経営を飛躍的に改善させた。

また、自身で生涯200以上の特許を取得する名発明家でもあった。

(HSSと呼ばれる高速度鋼を発明したのもテイラーである)

テイラーの信条は「幸福の還元」であり、科学的手法の普及による資本増大を労働者に還元する事を自らの使命と考えていた。

性善説に基づく労働組合不要論者であった為、多くの労働者に活動を妨害されるも、その真摯誠実な人柄に触れた者は、みなテイラーに私淑したとされる。

 

このテーラーがASMEの会長に就任する事により、彼の提唱する科学的手法が従来の権威的な軍隊式管理法を駆逐する形でアメリカ全土に普及を始める。

当時、テイラーらは「能率増進運動」と銘打って全米を駆け回った。

テーラーの科学的管理法は想像以上に早く普及しアメリカの産業効率を飛躍的に向上させた。

テイラーを始めとする能率技師達の能率増進運動が現在のコンサルタント業の原型となる。

この1900年代前半にハミルトン・マッキンゼー・カーニーと云う現在のメジャーコンサルタント会社が設立されている。

 

 

 

 会計事務所からの派生

 

現場のカイゼンを主業務とする能率技師とは別に、会計事務所も巨大化する企業経営に向けたサービスを生み出す。

会計事務所のサービスであるMAS=Management Advisory Servise(経営助言サービス)である。

これは一般的にイメージされる戦略的コンサルタントの様な個々の箇所の問題解決を業務の主眼としている訳では無く、

財務分析から経営問題を特定する作業を指し、戦略系の「能率増進的な」コンサルティングとは峻別されている。

(無論、メジャーファームはどちらも出来る。)

プライスウォーターハウスやアーサー・アンダーセンと云った名門会計事務所もアメリカの工業化と共に興り、英米の世界躍進と共に肥大化の一途を辿った。

だが、世界の大企業との契約を独占し終わった後は、事業拡大の余地が無くなり戦略系コンサル業へも積極的に参入する。

 

余談ながら加筆する。

孤児のメールボーイが一代で起ち上げたアーサー・アンダーセンは、創業者アーサーの謹厳実直な情熱によって会計事務所界でビッグ5の一角を占めるに至るが、

不肖の後継者達が引き起こした悪名高きエンロン事件によって、その栄光の歴史に幕を下ろす。

名門会計事務所としてのアーサー・アンダーセンは解散してしまったが、コンサル機能は事件前に独立してしまっていたので、その系譜は完全に断絶した訳ではない。

独立したコンサル部門こそが世界最大のコンサルティングファームである、アクセンチュアである。

 

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日本におけるコンサル業の起源譚

 

テーラーの科学的管理法を日本に導入したのが、本邦において「能率の父」と呼ばれる心理学者・上野陽一である。

 

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上野は哲学・心理学を修めた学者でありながら積極的な行動主義者であり、実際に企業に対してコンサルタント活動を行い、業務能率改善の重要性を世に訴えている。

第一次世界大戦が終結した1919年。

上野はテイラーの系譜を継ぐアメリカの賢人達との学術交流を活かす為に、小林商店(現・ライオン株式会社)のコンサルティングを引き受ける。

ライオンは上野の提言により、「生産性の20%向上」「作業面積の30%削減」を同時に達成する事に成功し、事態を注視していた本邦の産学界に多大なインパクトを与える。

学問だけでなく、思想もテイラー流を尊んだ上野はライオン経営陣に能率化による利潤の社会還元を提言する。

この提言は労働者に対して休憩時間の増大、消費者に対して商品の増量化と云う形で実現される。

実績によりコンサルタント(当時は能率技師)として名を挙げた上野は、造幣局に能率向上計画を任せられるなど日本全国に自身の学問を広める事に成功する。

上野の教えは多くの著書や彼が設立した産能短大によって今も受け継がれている。

 

 

 

日米の産業構造の違いを踏まえた、本邦におけるコンサルタント業の発展

 

第二次世界大戦中、日米両国は戦況改善を目的に国策で効率改善組織を起ち上げる。

日本能率協会が起ち上げられたのも社会を総力戦に最適化させる事が目的であった。

戦後、高度成長期を支える為、経済産業省が中小企業診断士制度を創設した。

これは中小企業が企業数の99%を占める日本独自の制度である。

 

日本の経済力が乏しかった時期においてはアメリカ式の総合戦略コンサルティングサービスは皆無に近い状態であったが、

(品質管理や業務改善などの個別案件への教導が主業務であった。)

日本経済の隆盛と共に世界の強豪コンサルティングファームが日本市場に参入し、戦略系サービスへの認識が広まる端緒となった。

現在でも日本発祥のコンサルファームがわざわざ「日本系」と呼ばれる程に外資は強い。

 

 

 

注釈

 

科学的管理法

 

テーラーが1911年に自身の論文「科学的管理法の原理」で提唱した生産工程の効率化・計画化を主眼においた工場管理方法。

インダストリアルエンジニアリングの基礎となった。

 

 

MAS業務

 

会計事務所が企業に対して行う経営助言サービス。

会計上の視点から種々の問題に対して幅広い助言を行う。

 

 


 


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5件のコメント

  1. りょう

    経営学の勉強をしてたら 真っ先に習うところですね。
    でも、高卒の経営者はしらない人が多いのでしょうねもったいない。

  2. 名無し

    お互いに足を引っ張り合って効率が悪くなるという
    経営者と労働者の対立がコンサルタントの起源だったんですね

  3. 匿名

    底辺君は資料的な文章を書かせても絶対に韻文調が混じってくる。
    そこが僕には読みやすいのだけれど

  4. 1000$

    ファヨールage

  5. teihen

    りょう様へ

    誰しも自分の専攻外の分野は初歩すら知らぬケースが大半です。
    勿体ないので、これからも一つでも多くの初歩を学び考え皆さんと共有出来れば、と考える所存です。



    7:52様へ

    頭脳や経験以上に、第三者的スタンスが求められる業界でもありますので。
    出来れば、調和を目指す業界であって欲しいですね。



    9:46様へ

    お恥ずかしい限りです。
    私には学究者としての資質が無いのでしょう。




    1000$様へ

    ところが、私は管理が一番不得手なのです・・・

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