これから学ぶべきこと ~脳味噌に何をインストールするべきなのか~


「人間はパソコンの様なもので、『何をインストールしているか』によって、その価値が激しく高下する。」

 

これが底辺の持論である。

以前のエントリーである、貧乏から脱出する方法の中で述べた事がある。

相談者の方から同エントリーを話題として振られる事が多いので、印象に強く残る性質の話だったのかも知れない。

 

 

 

人間パソコンについて

 

人間パソコンには歴然とした機能差がある。

例えば、容量上限や演算速度。

言うまでもなく、生まれつき異なる。

 

生粋の平等主義者はこれに異論を唱えるかも知れない。

だが、外観の著しい個体格差についてまでは、誰も否定しない。

少なくとも、美醜の差は存在する。

 

では、生まれ付いた個体差によって生じる運命を如何に向上させるか?

これが人類が追い求め続けて来た永遠のテーマである。

 

底辺は無学故に、誰がこの問題について体系的に語っているのかを良く知らない。

まあ、誰かがインストール論については語っていると思うので、興味のある方は各々で探求してみて欲しい。

 

このエントリーでは、ざっくりとした事だけを語る。

まずは、『昔の人は何を学んだのか?』について。

古代地中海文明圏の話をする。

 

 

 

ギリシア人の場合

 

ギリシア文明は後述するローマ文明とは違い。

子供の教育はそれぞれのポリス(都市国家)が負うものと考えていた。

故に、彼ら古代ギリシア人は紀元前から公立学校を設立し、青少年の教育に心血を注いでいた。

科目は、礼儀作法・文法・詩・音学・体育などである。

これらは何を意味するかと言えば、『文明人』になる為の教育であった。 (勿論、古代ギリシア人の定義においての文明だが)

彼らは教育により、その子弟を文明化し、周囲の蛮族(彼らにはそう見えた)とは一線を画すギリシア民族を練り上げた。

 

つまり、極言すれば。

彼らの教育とは、共通言語のインストールによる全機体の底上げと規格化である。

均一化・規格化が徹底していたからこそ、くじ引きで公職者を選出すると云う一見アクロバティックな社会運営が可能だったのだろう。

現代では不要学問の代表とされる『哲学』を彼らが重視したのも当然である。

『世界で唯一の文明民族である』と云うアイデンティティを保持する為には、蛮族が簡単に習得出来るようなレベルの学問では不足であった。

そうして、抽象的な学問の発達は、高度な技術・複雑なシステムの維持に一役を買い、彼ら古代ギリシア人の隆盛に大いに貢献した。

今となっては、それが目的だったのか副産物だったのかは知る由もない。

 

自分達を唯一無二の文明人と自負するギリシア人は、外部の異物がコミュニティに混入する事を阻止し続けた。

(更には後述するローマ人とは異なり同胞を奴隷化する事を忌避した。)

であるからこそ、ギリシア人から生まれた子は確実に『ギリシア人化』されなくてはならなかったのである。

 

 

 

ローマ人の場合

 

歴史上唯一無二の精度を誇った文明がローマ文明である。

早期にギリシアを吸収し版図を拡大した帝国なので、当時からギリシアとの比較論は盛んであった。

無論、教育姿勢も大きく異なる。

大帝国ローマには公立学校が無かった。

 

無論、教育に無関心だった訳では無い。

超マッチョ民族のローマ人は、教育は父親(無き場合は男系の親族)が息子に施すものであるとの信念を持っていたからである。

男達はよちよち歩きの息子を引き連れ外を歩いた。

「男を育てるのは男の背中だけである!」

大カト(スキピオを追い出した人)あたりはこんな発言をしていたのかも知れない。

 

ローマ人が何故こんな教育哲学を持つに至ったかは、想像に難くない。

羊飼い集団(首領の名は『ロムルス』 彼の名が国号の語源となった)がイタリア半島を征服する過程で自作農化したのがローマの成り立ちであるからである。

小規模農家が初期ローマ市民の中核を占めていたので、教育は小規模農家の後継者育成を第一目的とするようになる。

我が子が隣の子に負けない事が目標である。

(競争の激しい百姓社会を想像して貰っても構わない。 「息子よ隣の輪中を征服して大地主になるのだ!」 )

他人の集まりであるローマ人は、ファミリーを重視した。

(その為、ローマ法は家父長権を非常に尊重している)

史上最も公共性を声高に叫んだローマであるが、教育とはファミリーがローマ内で勝ち残る為のものでしかなかった。

ギリシア人と違ってローマ人は平然と同胞であるローマ人を奴隷にした。

 

 

 

小補足

 

ギリシアとローマの例を挙げたのは、日米比較を行う時の思考材料にして欲しかったからである。

コミュニティが異なれば設立理念や運営原理が異なるのは当然なのだ。

その前提を無視してしまったら、それは学問でも教育でも何でもないのである。

 

 

 

 

必要なプログラムは置かれている状況によって異なる

 

在り方の違いが異なる教育システムを産み、異なるインプットが、ギリシア・ローマと云う好対照の市民像を作った。

無論、教育の内容・傾向は国家や民族の枠内では無く、本来は個々人の置かれている状況によって差異が生まれる。

人間は属する環境・自身のポジションに応じて、必要なプログラムをインストールしてきたのだ。

(それが出来なかった人々は淘汰されて来た)

他人を見て物真似をしても仕方がない。

『何故、彼らはそのプログラムを重視しカリキュラムに組み込むのか?』を自分の頭で考えなければ、何の成果も得られないだろう。

仮に『学ぶ』の語源が『真似』だったとしてもである。

 

ネズミが吠えても獅子にはなれない。

獅子にでもなったつもりで他の獣に挑めば死ぬだけである。

逆に、獅子は強いがネズミ程運動効率が良い訳ではない。

獅子がネズミを真似て走り回れば、その日のうちに頓死するだろう。

 

『何を学べば良いのか?』

 

その答えは…

 

『おまえは何者なのか?』

 

の問いの中にこそある。

以上の前置きを踏まえて、現代資本主義社会の話に移る。

 

 

 

階級毎の教育について

 

無産階級にとっては、『より高い賃金を得る為の教育』が重要視される。

肉体以外の原資を持たない以上、肉体を使役し自身の維持費を賄う必要があるからである。

 

大抵の親が、子供の手に職を付けさせようとするのはその為である。

 

「手に職=賃金上昇手段」、

故に高賃金を得る可能性が高い技術を親は子に学ばせたがる。

我が子を医者や弁護士にしたがる親は、要約すれば我が子を高賃金奴隷にすべく育てているのである。

 

凡庸な親は、『自分が若い頃もてはやされていた職業』に我が子を就かせようとする。

運が悪いと、その職業は現在オワコンだったりする。

学問は学生時代にだけするものだと云う浅薄な思考は、容赦なく家を滅ぼす。

 

 

 

 

上流階級の場合

 

2015年。

上級国民』と云う言葉が流行した。

私的な資産・地位の保全の為に公的インフラを利用するのは国家への叛逆であり、この犯罪には極刑のみを以て対応しなくてはならない。

公私の峻別だけが、社会と私権を守護する。

 

 

 

 

最初から資本がある場合。

日銭の稼ぎ方よりも、ヒエラルキーを維持する為の教育に重きが置かれる。

それはパーティーでの作法であったり、決算書の読み方であったり、使用人への接し方であったり、実に多様である。

そして、同階級の人間が集まる学校へ我が子を入れる。

(間違っても大阪の公立中学には入れない。)

生活するコミュニティの中で人間の性質が如何に変わるかは、孟母三遷の教えが説く通りである。

原理は上の学校を目指す無産民と何ら変わらない。

『無価値で足を引っ張りがちな傾向のあるコミュニティを如何に自分から遠ざけるか』

これは貴賤貧富を問わない大原則である。

 

稀に成金が子弟に『這い上がる為の教育』だけを施して家を滅ぼしている。

獲得する為の戦略と維持する為の戦略は大きく異なり、しばしば相反するからである。

没落家系が子弟に『資産・階級を護る為の教育』だけを施して失敗する事もある。

存在しない物を護る事は誰にも出来ない。

勿論、上流の証である教養・作法を受け渡す事は可能である。

それが無産階級に落された子弟にとっての呪い・足枷である事さえ理解しているのであれば、その伝承に何人の誹りを受ける謂われはない

 

 

人間個々に価値などない。

たまたま、どのポジションに生まれ付いたかだけで生き方は99%決まる。

だからこそ、自分の立ち位置は冷徹に分析し続けなくてはならない。

 

 

 

中流と云うありもしない幻想について

 

この世には持つ者と持たざる者しか居ない。

支配する者とされる者しか居ない。

上と下しかない。

本当はみんな解っている筈である。

 

社会が豊かになると、下層民でもいい暮らしが出来る様になる。

学習コストが下がると、下層民でも知的産業に従事出来るようになる。

富強国に生まれると、下層民にも配当しての社会福祉が還元される。

 

日本の景気は良かった。

充分還元されていた証拠に、『一億総中流』などと云う言葉すら存在した。

だが、成熟期に入った事・IT革命・冷戦終了による旧共産諸国の市場参入などにより、富の分配の必要性が薄れた。

日本の中流幻想も霧散しつつある。

 

敢て、中流の人を定義すれば、無資本家庭に生まれた人々であろうか?

彼らは不幸にも社会福祉を受けるには僅かに微資産を持っている。

それは、年収一年分の現金だったり、親世代の根拠無き中流自尊心であったり、満員電車で通勤するしか戦略価値のない古びた不動産だったりする。

要は、このブログを読むような層の事である。

 

一昔前までの定義では中流階級であり。

一昔前には有用だった教育を受け。

一昔前の基準で中流と定義されてしまった為に正当な支援を受ける事が出来ない不運な層である。

 

それらの層が学ぶべき事柄は、第一に『発信技術』である。

誰もがノマド化する事を強いられ始めているこの現代、『どこに所属するか?』ではなく『何が出来るか?』で、その人の評価・収入が決まる様になった。

故に、『出来る事』 『請け負える事』 『実績』 発信する能力のある人間が勝っている。

小銭で良いので 『どこでも実行可能でカネになる技術』を磨く事である。

 

文章・絵・プログラム・翻訳・料理・理美容・マーケティング・投資金融

 

などは、ポピュラーである。

貴方もイメージし易いかも知れない。

もっとも、底辺は最低条件さえ満たしていれば何だって良いと思っている

学び身に着けるべき事柄は下記3点。

 

 

 

1、オンライン納品に対する理解

 

オンライン納品可能な仕事はこちらがどこにでも攻めていける反面、全世界を相手に防戦する必要がある。

逆にオンライン納品不可能な「ラスト・ワンマイル・ジョブ」は属地的で参入障壁も見込める。

コールセンターはそれが日本人向けであってもマニラやシンガポールの施設で賄える。

だが、日本の家庭に電話線を引く為には地元の工事業者が必要とされる。

最後の1マイルをオンライン化するのは極めて困難なのである。

オンライン納品の可否をここで掘り下げるつもりはない。

ただ、自分の特技の属性がどちらで、それは有利なのか不利なのか?

それを突き詰める事が、これからの「学び」である。

 

 

2、直請けのマナー・作法・セオリーへの理解

 

誰もがノマドである事を強いられる世界では。

個々が営業マンであり受付スタッフであり電話番である。

「人間関係が苦手だから事務の仕事をしたいです!」

と云う発想と極めて相性が悪い。

何だかんだで、ダイレクトに人間性を問われる。

最初は日本語で良いので、決済者としてのビジネスマナー・スキルを身に着ける事。

仕事の売り込みメール一つとっても巧拙は存在するし、それは成果に直結している。

商才があろうがなかろうが、受発注のテンプレを学ぶ事位は出来る筈である。

例え、運良く勤め人で生涯を終えたとしても、これからを学ぶことに損失があるとは思えない。

 

 

 

3、フラット・フランクな人間関係を築く技術

 

こんなものは技術でも何でもないのだが、出来ない人があまりに多いので補足しておく。

年齢や年次や受発注の立場は身分でも何でもない。

そこに(本来)貴賤はない。

立場がさも階級か何かの様に扱われて来たのは、これまでの社会の流動性が乏しかったからである。

 

当然、社会が流動的になればなるほど、居心地の良さを提供出来ないコミュニティ・人間からは人材が逃げるようになる。

人気の無い傭兵隊長が兵隊を集める事が出来ず戦果を挙げられないように、魅力無きビジネスマンは人材・機会が得られず成果が上げられなくなる。

もう、そんな時代になっている。

能力や余裕のある人間は嫌な奴とは絶対に仕事をしない。

その必要が無いからである。

結果、嫌な奴は、能力・余裕のない人間としか仕事が出来ない。

 

ビジネスの世界で『嫌な奴』の定義は決まっている。

立場による力関係を身分か何かの様に捉え、職務外の服従を要求する人間である。

勿論、現代ビジネス(特にアメリカ資本ではそれが顕著)の世界ではそういう人間が出世する。

何故なら、雇用とは自分がやりたくない事を他人に代行させる行為だからである。

法律スレスレで相手を奴隷化すれば、企業は儲かる。

(それでも収益を上げられないのなら素直に廃業した方が良い)

故に資本家は奴隷頭に嫌な奴を据える。

威圧的で支配欲が強く、権威に弱ければ文句無しの奴隷頭である。

但し、奴隷頭を役員に据えると必ず組織に大きなダメージを与える。

(企業の寿命は、創業者が気に入っていた奴隷頭が役員になるまでと相場が決まっている)

 

自分で仕事を取る・コミュニティを構築すると云う行為は、賃金労働者としての蠱毒生成作業とは対極の行為であるケースが多い。

故に、立場に拠る恫喝以外で他者を動かすコミニュケーション能力を身に着ける必要がある。

コミニュケーションと言っても何も難しくない。

有りもしない上下関係を他人に強要せず、自分自身も卑屈にならない事である。

 

人間は自分の立場が弱い時は大抵恭謙である。

問題は、立場が強まった時の振る舞いである。

恐ろしいまでに地が出る。

多くの場合、他者に取って不快な地である。

人の上に立った経験がない者ほど暴慢になる。

古代ローマで最も奴隷を虐待したのが解放奴隷から主人へと這い上がった者達であった事を鑑みれば、想像は付くと思う。

 

誰とでもフラット・フランクな人間関係を築く事もまた技術である。

これは意識しなければ身に付かない。

何故なら、人間は明朗でも寛容でも無い生物だからである。

 

 

 

結びに

 

以上の3点が、底辺が考える最低限身に着けるべき技術である。

どんなスキルを持っていようが、この3つが無ければ生き残りは難しいだろう。

 

エントリーが抽象的なものになってしまった事を詫びる。

修得すべき技術・学問は、個々の置かれている条件に大きく左右される。

故に、不特定多数相手の弊ブログで何か一分野だけを掘り下げる事は困難であった。

 

かつてはそうでは無かった。

社会構造が単純な頃は、不特定多数に対して有効なアドバイスも幾らでも存在したのである。

(偏差値の高い大学に入れ。 ゴルフは必ず覚えろ。  ←  こんなの)

『不特定多数に対してのアドバイスが困難になった。』

これこそが現状を理解する最大のヒントだと底辺は考える。

 

 

冗長な文章になってしまったが、趣旨はシンプルである。

 

『自分の適性・現状を正確に把握しましょう』

『所属する国家・地域・共同体にとっての必要な人材は何かを精査しましょう』

『一人親方としてのスキル・振る舞い方を身に着けておきましょう』

 

これだけである。

貴方が御自身の中にインストールするソフトが有益なものである事を祈る。

 


 

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33件のコメント

  1. Name *

    その趣旨の3つが何か上手に見極めるのが非常に難しく感じております。

    特に1つ目の『自分の適性・現状を正確に把握しましょう』という点が未だに見えません。
    学校では基礎的な工学やプログラムの知識を身につけ、趣味ではギターや作曲に触れてみました。
    現在はSEとして仕事しております。
    しかしながら自分の進むべき道というか、進みたい方向がまるで見えてきません。

    何というか、自分の持ってるものがどの程度で、どの程度のラインまで達すればマネタイズできるのかが見えてきません。
    何か指標となるもの無いものでしょうか。

  2. teihen

    10:22様へ

    己の資質を計る際に最も明確な指標は、

    『今までの人生で他人様から評価された分野です。』

    性格でもスキルでも逸話でも構いません。
    他者から賞賛・評価された要素を思い返して下さい。

    思いつかなければ、

    『今までやった事で値段が付いたもの』

    が無かったか振り返って下さい。

    それでも思いつかなければ、私にメールを下されば相談位には乗れると思います。

  3. やす

    今回の指針、どうもありがとうございました。ですが、具体的にどう行動してよいか、わかりません。もし可能であれば、実例を挙げていただけますと、助かります。よろしくお願いいたします。

  4. teihen

    やす様へ


    こればかりは個人の属性によって戦略が大きく異なって来ます。
    そもそも、人によって目標が異なりますしね。

    まずは御自身の属性・環境を正確に把握(出来れば紙に書くべき)した上で、『何を望んでいるか?』を己自身に問いただして下さい。


    >具体的にどう行動してよいか、わかりません

    この一文を見る限り、現在は分析の段階です。
    まずは、自己分析を完全に終えて下さい。
    進路を具体的に探るのはその後です。

  5. Shadow

    以前も投稿した者です。
    (その時と違う名前で失礼します)
    いつも為になる記事を書いてくださって
    ありがとうございます。


    俗に言う私の実家は
    1億人中流時代の典型的な
    上手く行ってるような
    サラリーマン家庭でした。

    しかし、諸事情により10代の頃
    私が体調を崩してしまい、
    (気持ちの面で大きく故障して
    数年間を棒に振りました。
    現在は普通には生活できています。)
    その後はフリーターをしたり
    知人の会社で働いたりと
    職を転々としております。

    一方、家族は先回りをしてくれていて、
    ここ数年の間に自営業を始めて
    軌道にも乗り始めています。
    (主に金融・不動産に関する事です)

    また、ある程度は私の両親には
    不労所得のようなものがあり、
    家族も私の状況を見兼ねているのか、
    財産を残してくれるそうです。
    (最低限の生活はそれで送れそうです)
    ※そういった家業を継ぐための
    勉強をすることは勿論の事
    だと思っています。

    ここで、相談なのですが、
    己のコンディションを考慮しつつ
    少しずつでも雇われてアルバイト等を
    して微力でも社会参加をした方が良いのか、
    それとも底辺様が提案しているような
    オンラインで納品できる小商いをできる
    ようなスキルや知識の獲得を優先するのか
    迷っております。

    当方、やや世間体を気にしがちな性格なのですが、
    正直申し上げると組織に入って正社員で
    フルタイムで働ける程調子は良くないですし、
    アルバイトをコンスタントに続けてみて時給で働くと
    時間の切り売りな気がしてやや辛いです。
    実際そこまで社会参加もしたくないのですが、
    周りの友人や家族がちょっと心配しています。
    (ワガママな悩みかもしれません。)

    自分の中で少しでも使えそうな能力は
    Windows95からずっとIT機器を
    使ってると言う、ITリテラシー、
    大量に読書をしてきた経験
    (普通の人よりは読んだつもりです)
    や、日頃から机に向かう習慣がある事。
    大学受験で得意だった英語
    (と言っても偏差値65をこえたくらいですが)
    くらいです。

    こういった少しズレた経歴や境遇、ズレた考えを
    持っている故に生きづらさを感じております。

    何かちょっとした一言で良いので
    助言を頂けると幸いです。

  6. やす

    TEIHEN様
    ご回答ありがとうございました。
    まずは己を見つめながら、分析に努めたいと思います。

  7. Name *

    あなたのご意見 *

  8. 幸福賢者

    >立場による力関係を身分か何かの様に捉え、職務外の服従を要求する人間である。

    まさに日本企業の在り方そのものですね。
    日々職務外の服従に抗いながら生活しています。
    こういった手合いには、一体どうやって対処するのが定石なのでしょうか?

  9. Name *

    私の親は
    今は持ち家もないし
    (私が未成年の頃に、父が借金をかかえて手放した。その後両親は離婚)

    貯金も無くて
    (父は転職をしてたので一般的な団塊の世代の人たちより所得がだいぶ低い)
    けど、父も母も
    唯一持ってる資産は
    「人一倍、体が丈夫であること」なんですね。

    体が丈夫だと、
    「まともに働ける」と判断されて、社会福祉の対象にならない。

    (私や弟が、親の所得が低いということで、
    県立高校の授業料を免除してもらうことはできましたが)

    で、働きづめのワーキングプアで、父親は体より先に心が壊れたところはありました。

    かといって、体が不健康なほうが福祉の恩恵を受けられていい、
    ともいえないし、難しい。。

    また、離婚後の母親は生活が苦しくても、
    どんなに家賃が安くても、
    近隣のスラム街のような市営住宅には入りたくないといっていました。
    (もっと小綺麗な市営・県営住宅ならありのようですが、「そこにすむことで周囲の評価が下がる=もしもの転職のときに不利になったり、人間関係構築面でマイナス」な地域・物件は嫌だと。)↑
    ※もし、市営住宅住みの方が見ていたらごめんなさい。

    ある意味「ありもしない中流意識」なのかもしれませんが、
    それのおかげで、足を引っ張り合うような最底辺のコミュニティを避けてきてるとも言える。

    で、今は築35年以上のUR賃貸で家賃が五万円以下のところを見つけて住んでいます。
    「ここならば、住んでもそんなに変な目で見られることはないでしょう」と言って。
    UR賃貸は、前年度の年収が家賃の四十倍以上、あるいは一定の貯蓄があることが条件
    (当時はそうでしたが、現在の入居基準はよくわかりません)
    なので、無職の世帯は老人のみの世帯を除けばほぼ皆無なんですよね。
    ある意味、母が住んでいるのは
    「定職持ちの平均所得以下の人」が集まるような団地なので、
    一応「カタギのうち」と周囲にはみてもらえます(笑)。

    母も、「どうしても困ったら生活保護を受けざるを得ないけど、なるべくなら避けたい」そうです。
    生活保護の人は、医療費が無料なので、
    悪徳な医者に捕まると「不必要な手術をされてしまう」ことがあるからと。
    病院側から見たら、
    いくらでも国から医療費をとれる、金づるのような患者ということになりますものね… 。

    つまり、「社会福祉を受ける」にあたっては、
    そのリスクについても考えたほうがいいし、
    その手前で頑張れるなら頑張ることは間違ってないし、

    かといって、 本当に困ったら見栄を張らずに福祉の世話になっても生き延びたいし、

    また「生活保護」という究極の福祉の手前での段階的な福祉もあるから、
    (それこそ、授業料の免除とか)

    リスクと益を天秤にかけて、自分のためになる選択をしたほうがいい。

    と、私は考えます!

  10. 上のコメントに連投ですみません

    >shadowさん

    私は底辺さんではありませんが一言。

    最低限の生活が送れることが保障されてるなんてうらやましい!

    それなら、気楽に考えたらどうでしょう?

    「ネットで小商いをするスキルを磨きながら、それが軌道にのるまで、短時間のアルバイトで収入を補う」と。
    そういう自営業者はたくさんいますよ(^_^)

    ネット小商だけだと、「世間の常識や人との接し方がわからない」状態になりませんか?

    短時間でもバイトすることで、
    (少なくとも若いうちは)
    社会とかかわっていたほうが、

    ネットのビジネスマナーにもプラスに働かないですかね?

    相手の立場をおもんかばって接する、ということは、ネット上のビジネスでも必要なことですし。

    今年の4月下旬、私がネットオークションで取引した相手が、
    気軽に世間話のつもりで
    「ゴールデンウィークが楽しみですね」と書いてきたんです。
    でも、わたし、GWが休みだなんてその人に一言もいったことがありません。

    もし、私が「こっちはGWも休みがないワーキングプアだよ!」という人だったらどうするつもりなんだろう? と。

    そういう、相手に対するちょっとした気遣いができなくなるのは怖いですよね。

  11. Name *

    前置き長え…(今回のエントリーも大変参考になりました)

    いつもよりコメント欄が混乱しているように見受けられますが文中の要所3点を抑えられる人ってすごく少ないと思います。
    日本の労働人口6000万人弱という現状から来たるディストピアデスマッチ本戦の結果は嫌なものになるのは明らかというか。

    ここから落ちたらこの人どうなるの?って人身内も他人も一杯知ってます。
    うーん…一億総高跳びとかどやろか

  12. 1000$

    >『どこでも実行可能でカネになる技術』を磨く事である。

    と、”手に職”の具体例を列挙されていたので…

    参考になるやもしれぬ例として
    「華僑の三把刀」があります。
    剪刀・菜刀・剃刀(裁ち剪み・包丁・カミソリ)
    すなわち、
    仕立、料理、理髪、この3つは国や時代が変わっても
    必ずワンマイルの需要があり、
    国を離れても食うには困らない。
    と考えられてきたそうです。
    衣料や食品で財を成した華僑が多いのも、
    この思想が根本にあるのだと思います。

    翻って、ユダヤ人は近年までゲットーをはじめ
    職業制限の憂き目にあってきました。
    あるユダヤ人がなんとかできたのは古銭業などでした。
    なんとか目を向けて貰おうと、
    当時まだ珍しいカタログを作ったり
    古銭紹介の時には楽団に演奏させたり
    発信者としての地位を確立してきました。
    この努力が後のロスチャイルド家につながります。

  13. Y

    脳にこびりついた「常識」をアンインストールしたいです。老人でもないのに脳の可塑性が低いのが悩みです。

  14. teihen

    SHADOW様

    御事情理解しました。
    労働は手段であって目的ではありません。
    あくまで人間の目的は生活であり生存であり、家門・家系の保護に尽きると思います。

    文章を拝見した限り、SHADOW様のご家庭はアッパーミドルに属する家庭だと推察します。
    (必死に働かなくても食えるが、遊び続けれる程の余力はない)

    貴方は世間とずれている訳ではなく、単に自分の置かれた環境相応の思考をしているだけです。
    置かれた状況が違うのだから、思考がズレるのは当然です。
    御友人の環境が貴方と全く同程度であれば、大いに参照にすべきですが、恐らくは異なるのでしょう。
    現在の家庭環境では、時給仕事はペイ出来ないと思います。
    (資産÷残り寿命の公式で、御自身の維持費や価値を算定してみて下さい。)

    貴方は良くも悪くも知的労働特化に仕上がってしまっています。
    そして、あまり競争が得意ではない性格なのでしょう。

    その様な方は、薄利で構わないので社会的な仕事をされる事を推奨します。




    幸福賢者様へ

    日本には400万社以上の企業があり、200万人以上の個人事業主が居ます。
    実はホワイト企業も多いのですが、そういう会社に勤めている人はわざわざ声を挙げないし退職もしないので、社会にはブラック企業ばかりがあるような錯覚に陥ります。

    結論から言えば、有用な技術・能力を身に着け、「売り手」としての立場を強くしない限りは環境から脱出も出来ないし交渉も難しいです。
    理不尽から身を護る為には、自分が相手より強い立場に身を置かざるを得ないのです。

    別に学問をしなくても、地元の政治家と関係を誇示して周囲を牽制したり、ヤクザの知人との繋がりを見せつけて恫喝する手段もありです。
    その様な手口は私も含めて皆が忌む性質のものではあります。
    ですが、人間の目的は生き残り勝ち抜く事であって、お友達ごっこや善人ゲームではありません。

    世の中には殴らなければ解らない人間が山ほど存在し、他に術がないのであればルール外の暴力や権力を持ってきても構わないのです。




    8:41様へ

    素晴らしいです。
    頑健な肉体とお母様の配慮。
    貴方の大切な財産だと思います。

    >リスクと益を天秤にかけて、自分のためになる選択をしたほうがいい。

    社会福祉に関するこの視点も実に素晴らしいと思いました。
    貴方のご家庭に関しては「ありもしない中流意識」なのではなく 「冷徹な自己分析と戦略眼」であると感じました。
    これから活きる事を願っております。



    10:25様へ

    >文中の要所3点を抑えられる人ってすごく少ないと思います。

    確かに私もそう思います。
    ただ、この様な話を読んだ経験が有る場合と全くない場合では、やはり生存戦略は微妙に変わって来ることでしょう。

    無論、こんな稚拙な記事で他人様の人生をどうこう出来るとは考えてはおりません。
    ですが、この種の問題提起を消化し続ける過程で、人間個々の選択能力は必ず向上すると信じて執筆致しました。

    ディストピアマッチを軽減する為にもに、皆で多様な未来を提示し合いパイを増やして行きましょう。




    1000$様へ

    先日、相談者の方とロスチャイルド発祥譚で盛り上がったばかりですので、貴方の書き込みに少し驚いております。
    やはり、思い至る点は皆同じですね。

    ユダヤ人が得意とする金貨・宝石・切手なども、高価で持ち運びが可能、更には知識・造詣の深さに商品価値があります。
    これって極めてノマド的ですよね。

    皆がノマド的サービス業者である必要もないのですが、これらの勉強は良い保険になるかも知れませんね。



    Y様へ

    アイインストールは諦めましょう。
    幸い、人間の脳味噌はパソコンよりも容量が大きいので、新しい常識を別個にインストールして下さい。

    『前時代のスタンダードを知っている』
    これも一つの武器です。
    どうかこの事実だけは忘れないで下さい。

  15. Name *

    >9:38様
    そうですね。
    社会と関わる方向性で
    自分のペースでうまく働いて
    生き抜けるよう考えてみます。
    ありがとうございます。

    >底辺様
    はい。おそらく私の実家は
    アッパーミドル層あたりだと思います。
    そういう階層の人とは割と話が合うのですが
    (学習習慣や読書習慣がある人などです。)
    一般的な人とあまり親しくなれない
    傾向にあってやや息苦しいです。

    自分自身が余生で最低限
    どれくらいの維持費がかかるか
    真剣に考えた事がなかったので
    やってみます。

    そうですね、薄利で構わないので
    どこか社会に居場所がいるような
    生き方がおそらく性格上も
    合っていると思ってます。
    (それも自分の能力で生きている
    イメージですね)

    今回のメッセージのやり取りで
    様々な事が再確認できました。
    ありがとうございました。

  16. 山中 一人

    必須三条件は正に仰せの通りでございます。

    そのうちの2、3が決定的に欠けてるが故に今日的底辺の我々はスポイルされている訳です。

    特に3のフランクな人間関係を築く技術に至っては、自分にはプロレスラーになれと言われてる位エベレスト級の超ハードルでございます。(定型人にとっては楽勝スキルにも関わらずです。)

    ついてはこれについても一度ご考察賜れれば幸いです。
    (すいません。コミュ能力の件になると、まるで自分の図星を突かれた様な気がして熱くなってしまいます。)

  17. teihen

    山中一人様へ

    フラットさは、自分が優位に立たない限り『相手に請う』性質のものになります。
    筋トレでも、恋人作りでも何でも良いので、まずは自分が優越感を保有できる状態になって下さい。

  18. Name *

    通りすがりですが。

    山中さんは、そのblogを拝読する限り、
    得意分野はある人だと思いました。
    「フランク」というのは、
    相手のことを容認し受け入れる
    という姿勢なしではできないことだと思います。

    なので、底辺さんの仰ることも正しいと思います。

    自分が優位にたたないと、
    自分が受け入れてもらうことを請う側になってしまいますよね。

    でも、自分の得意分野で、
    相手に主張をふっかけたら、
    (これを、気づかずにやってる人が多い)
    それこそ、相手は見下されたと感じるかもしれないし、
    親しみをもってもらえないので、
    気を付けた方がいいと考えました。

    特に山中一人さんのことだけを言っているのではなくてね。

  19. 戻って来て補足します

    年齢や年次や受発注の立場を
    「自分の身分」と勘違いしてる訳じゃなくて、

    自説を曲げない学者 とか
    こだわりの強い職人 のような人も

    「誰とでもフラット・フランクな関係を築く」には向いてないんですよね。


    だから、底辺さんが「技術でもなんでもない」と仰っていることは、
    実は、当人の善性とは関係ない部分での、
    高度技術だと思うのです。
    底辺さんの対人センスが良いから、
    底辺さんは技術と思っていないだけで。


    山中一人さんも、
    底辺の人たちの人の幸せを願っている人だと私はblogを読んで感じました。

    自説を曲げない学者も、
    その自分の研究によって
    多くの人が幸せになることを願っている人がいます。

    ただ、その反論の仕方について、
    自説を曲げないながらも
    相手に反感をもたれないような言葉

    が咄嗟にでてくるのは
    その人のセンスであり技術でしょう。

    だからこのタイプの人は、
    誰とでもフラット・フランクを目指すのではなくて

    「あいつ、無愛想だけど本当はいい奴なんだぜ」

    といってくれるような味方をつける

    方が得策かもしれないと考えました。

    とはいっても、反感を持たれないようなコミュニケーションの仕方
    というのは、その人ができる範囲では身に付けていた方が、
    不要な争いをしないですんで
    何かと身を助けてくれるはずなので、

    底辺さんのような
    センスのいい人のやり方を
    参考にしていくのは悪くないと思います。

  20. 山中 一人

    >通りすがりさんへ

    私なぞについて二度もコメして戴き、痛み入ります。m(_ _)m
    確かに自分には意図せずして他人を傷つけるきらいがあり、無用な反感を招きがちである事も否定できません。
    お言葉を真摯に受け止め、今後に活かしたく存じます。

  21. 通りすがり

    〉山中一人さん

    偉そうなことを言ってしまいましたが、
    私自身が「コミュ障」を克服することをテーマに人生を送ってきたので、
    気になってつい口を出してしまいました。

    また、このblogを見た人で、
    フランクになれずに悩む他の人たちにも
    この場を借りて同じことを訴えたかったのです。
    (底辺さんの仰るように、年齢や年次や受発注の立場を自分の身分と勘違いしてるタイプの人も多いですが、「自説を曲げない学者タイプ」も少なくないので)

    つまり、山中一人さんを
    事例としての人柱にしてしまったご無礼をどうかお許しください。
    山中さんのblogが人気のようですね。
    ご自分の土俵で、多くの人の支持を得ることができますように願っております。

  22. teihen

    山中一人様 
    通りすがり様

    お二人の対話を拝見させて頂きました。
    私は「コミュ力」について理詰めで述べ過ぎていたかも知れません。
    (ギミックを知っているのと、そうでないのでは立ち回りが雲泥の差になりますので)

    通りすがり様が仰った、

    「自説を曲げない学者タイプ」

    この様な性質を持つ方も立ち回りも、一度このブログで書いてみたいですね。
    (ただ、これに関しては対談形式の方が良いのかも知れません)


    【追伸】

    山中様のブログを拝見させて頂きました。
    どの記事も着眼点が興味深く、勉強になりました。

    弊ブログのテーマと親和性のある株式投資ブログであると感じました。
    勝手ながらリンクを貼らせて頂きますね。
    http://hitorisengyou.seesaa.net/

  23. 1000$

    私もいっちょ噛みで追補を。

    ・あの人頑固だけど優秀だよね。
    ・あの人優秀だけど頑固だよね。
    内容はおなじですが、人間いい加減なもので
    背後に繋ぐ言葉で印象は随分変わるものです。

    また、テスト勉強等、やたら最初の方を覚えてませんか?
    人間が記憶する仕組みとの関係ですが
    出だしほど覚えやすいのです。
    これに伴い、出会い頭の印象こそ、後々の貴方のイメージになるわけですね。

    以上を総合すると、初対面時と、後々の別れる時の見せ方を抑えれば
    印象はある程度コントロールできると言えるでしょう。

    小手先ですが、換言すれば手に入れやすい武器ですので
    是非意識して使ってみてください。

    ここで真剣に人生と向き合っている貴方であれば
    有力な武器になるはずです。

  24. 山中 一人

    >通りすがりさんへ
    正に正鵠を射られたようでドキッとしましたが、お仲間(でいいんですよね
    ^-^;)でもあられるとの事で、重ね重ねのフォロー有難う御座います。

    >TEIHENさんへ
    拙過疎ブログまでご紹介頂き、本当に有難うございます。
    お話しのエントリーぜひ楽しみにしております。

    >1000$さんへ
    これについては心理学のフィールドだと思っておりましたが、テクニカルに落とし込み得る可能性も見出せますね。
    具体的な手法をお示し頂き有難う御座います。

  25. teihen

    1000$様

    今回も非常に有益なコメントを頂けたと思っております。
    感謝申し上げます。

    いつか、この手法の活かし方をエントリー化してみたいです。

  26. Name *

    しょうもない私立大学潰すべきだと思いました。若い人はそこで意味不明な意識高いカタカナ言葉インストールされて自分の将来の可能性が潰されているか気づいてなくて可哀そうです。

  27. teihen

    6:20様へ

    経済学は学問ではなくオカルトである、と文科省が制定すれば以外に解決してしまうかも知れませんね。

  28. 矛盾(ぱらどっくす) ※すでに「通りすがり」でない

    >山中 一人 さん

    はい!「お仲間」です。
    私もブログはじめてみましたけど、まずライブドアブログの操作に慣れないとです。

    >底辺さん

    ギミックは大事です!
    「ダイの大冒険」のアバン先生も、武器を授かることを渋る弟子のマァムに語っていました。
    「正義無き力が無力なように、
    力無き正義も無力なのですよ」
    と。

    同じように、相手を思いやる気持ちの無いまま
    コミュ力の技巧を向上させても、
    いつか相手との関係が破綻すると思いますが、

    コミュニケーションの仕組みを理解せずに
    思いやりだけあっても、
    やはり人との対話はうまくいかないのです。

    >1000$さん

    つまり、初対面のときほど、お洒落に気を使えば、
    その容姿が相手の中にイメージとして植え付けられるわけですね(ニヤリ

  29. ぱらどっくす(矛盾)

    >通りすがり様が仰った、

    「自説を曲げない学者タイプ」

    この様な性質を持つ方も立ち回りも、一度このブログで書いてみたいですね。
    (ただ、これに関しては対談形式の方が良いのかも知れません)


    対談形式の方が良い、と仰ったのは、
    底辺さんが、このタイプの人について、具体的にイメージしにくいからかと思いました。

    それだと、エントリーは書きにくいですよね。
    山中一人さんは、楽しみにしてると仰っていますけど、
    底辺さんがお忙しい中、イメージしにくいことを書くのは大変かと思われます。

    かくいう私もこのタイプですが(「学者」タイプというほど頭よくはありませんけど)

    要するに
    「他人との共感能力に乏しいタイプ」ということもできるし、
    「共感するより、自分の意見が先にでてしまう」
    タイプともいえるかな。。。

    平たく言えば、「人に合わせるのが苦手」ということですね。

    「フランク」ではないけど、
    「フラット」ではあるのかもしれません。

    だって、立場とか相手との関係にかかわらず、
    人に合わせられてないから(笑)

    共感能力に乏しいだけで、
    他人にたいして悪意がある訳じゃないし、
    人を傷つけることはしたくないんですよね。

    山中さんも私も、(性別は違えど)コミュ障を自覚しながらも配偶者との関係は継続できている点は
    共通してるようなんですけど、
    「わかる人はわかってくれる」というか、
    「下手に他人に合わせる能力がないぶん、本当に相性の良い人に出会えたら、心から信頼しあえてとてもうまくいく」
    タイプともいえるかもしれません。

    このタイプは、基本的に現代型の会社勤めやビジネスには不向きなんですよね。
    広く浅い人間関係を構築することが難しいから。

  30. ノマド的で電話番も営業もクレーム対応も一人でやって月商数百万ですけど、
    コミュ能力って大していらないかなと思います
    めんどくさいんで電話二本引いたうちの一個は顧客対応用にして
    音出るとこは塞いで放置してありますし
    苦情は全部メールでテンプレート作って処理で終わりですんで
    あと対面でのコミュ能力ってプレゼンや営業と同じで練習すれば上達するので
    鏡の前で相手想定して一人で喋ってれば口はうまくなりますよ
    今はフォーム崩しちゃってやたら早口だったりキモい喋り方してますが^^;
    ヤクザもドスの練習とか鏡の前でやってる人もいるらしいので
    自分の理想形が板につくまで訓練したらいいんじゃないですかね

  31. teihen

    矛盾(ぱらどっくす)様

    私の使った『コミュ力』と云う単語の範囲が広すぎたかも知れません。
    ギミック部分と哲学部分を分離して立ち回れば、多くの方にとって楽になるかも知れませんね。



    あ様へ

    現代的で素敵な生活だと感じました。
    貴方のビジネスモデルが長く続く事を願っております。

    >自分の理想形が板につくまで訓練したらいいんじゃないですかね

    この点は特に賛成です。
    この世の問題の半分は、実は反復練習で解決するような気がしますので。

  32. 矛盾(ぱらどっくす)

    >あ さん

    月商数百万はすごいですね!
    私の知らない世界だわ~

    おっしゃる通り、テンプレ化・習慣化できるところはそうすればコミュニケーションは楽になりますよね。

    私の場合、スピーチなんかはむしろうまいと言われます。

    一方的に話すことはそれなりにできます。

    山中一人さんも、「マニュアルどおり対応すればよい接客はできる」
    とご自身のブログで仰ってました。

    でも、どうしてもアドリブの部分とか、(アドリブについてもある程度マニュアル化できるところはありますが)
    他人って不規則な対応をしてくるし、
    「人のいっていることを理解する速度・望むことを察する能力」については、
    運動神経と同じで生まれつきの差があるんですよね。

    人が両手が塞がっているときに、その人がやってほしいことを察してさっと動く、とか
    そういう気付きが子供の頃は本当にできなくて、
    親やクラスメイトに苦情をいわれてました。
    気づけるよう努力してはきましたが、やはり今でも、年齢相応には察することはできていない。

    こればかりは、一人の反復練習では上達しないし、
    運動神経のいい悪いとおなじで、「生来の向き不向き」の問題だと思います。

  33. 矛盾(ぱらどっくす)

    すみません、上のコメントに名前入れ忘れましたm(__)m

    おまけにこのとおり、注意力散漫なのです。

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