【範頼と義経】 2人の貴公子の処世から学ぶ、組織にとって必要な人間について - 無限の地平はみな底辺

【範頼と義経】 2人の貴公子の処世から学ぶ、組織にとって必要な人間について

2013.11.4|ライフハック 人生

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講談とは愚民の為の娯楽である。

故に、講談上の英雄も「政治的には」愚かな人物である事が多い。

対して、講談の引き立て役や敵役の多くは、その実像においては英雄達よりも社会性があり政治眼を持っていた。

(治世に不要な大石内蔵助と名君にして良吏の吉良義央を念頭にこの一文を書いている。)

現実社会が社会性・政治性のある者を優遇し、その面の欠陥者を遇しない仕組みであればある程、愚民は講談に熱狂する。

その構図は今後も不変であろう。

 

弊ブログはライフハックブログを銘打っているので、講談とは対極の観点で歴史を語る。

この文章を読んでいる貴方に「英雄」の様な悲惨な末路を辿って欲しくないからである。

 

今回のエントリーでは日本最初にして最大の英雄・源義経と、その兄・源範頼を語る

 

 

源氏三兄弟の源平合戦

 

関東全域を支配下においた源頼朝は平家追討の為に2人の弟を西征軍の大将軍に任命して派遣する。

古今に綸を絶する英雄児・九郎義経と、その兄範頼である。

二人の軍は土地勘の乏しい西国でも有機的に連動し平家一門の覆滅に成功する。

だが華々しい機略によって世間の注目を集めた義経は徐々に増長し、頼朝に叛逆すべく挙兵するも失敗し逐電する。

頼朝は義経の追討を幾度も範頼に命ずるも、肉親での殺し合いを嫌った範頼は命令を拒絶し続ける。

これを端として頼朝の範頼に対する猜疑は深まり、最終的に範頼一族は惨殺されるに至る。

そして範頼・義経の両翼を自ら毀った頼朝もまた、その孤立性から家系を三代で断絶させてしまう。

 

 

義経と範頼の違い

 

義経の足跡については最早語る必要もない筈である。

本邦史上、最も高名な武将だからである。

反面、範頼はあまり知られていない。

辛うじて知られているのは、

「平家追討軍の総大将であった」

と云う事実くらいであろうか。

 

二人が軍を二分して征西を成功させた事実は広く知られている。

先発した義経が搦手軍を担当し、兄で総大将に命じられた範頼は大手軍を担当し続けた。

対義仲戦から一貫して、義経が発揮し続けた奇想天外な戦術の数々については人口に膾炙されているのでここでは語らない。

総括すれば、義経は講談の題材になりそうなスタンドプレーを重ねて功績を挙げ、範頼は衆議の元に着実に軍務を果たした。

大衆は義経に喝采し、上司頼朝と鎌倉御家人は範頼を評価した。

 

鎌倉体制のトップである頼朝からすれば、平家追討は重要事とは言え1プロジェクトに過ぎない。

企業活動に例えるならば、大口営業案件の様なものである。

部下と衝突して独断で10億円の契約を取った者と、上司への報告を怠らずに部下と協調して5億円の契約を取った者。

どちらが評価されるかは一目瞭然である。

会社勤めの経験のある方ならお解り頂けるであろうが、前者は懲罰の対象となって然るべき存在である。

それが、義経と範頼であった。

範頼は義経と合流する直前に尾張の合戦で部下と戦功を競う振る舞いをして頼朝から叱責されている。

頼朝からすればマネージャーの責務を逸脱した行為に見えたのだろう。

以降、軌道修正した範頼は管理職としての本分を全うする。

独断専行著しい義経と比較して、

範頼は和田義盛(問題児、鎌倉御家人で1番の厄介者)や千葉常胤(征西軍最長老で範頼より34歳年上)と慎重に合議を重ねながら戦争を続けた。

途中、兵糧の窮乏に嫌気が指して逃亡を図った和田義盛を制止するなど、管理職としての職責を存分に果たしている。

 

ちなみに、平家滅亡の地が何故関門海峡の壇ノ浦かと言えば、

壇ノ浦合戦の1月前に範頼軍が九州上陸戦である「葦屋浦の戦い」に勝利し、平家側の九州ルートを潰す事に成功していたからである。

 

 

 

報連相

 

範頼は小まめに頼朝への報告を続け、平家滅亡後も頼朝に精細な報告書を送り続けている。

海が荒れて帰還スケジュールが遅れる事を謝した手紙すら残っており、範頼の精勤は頼朝から高く評価される。

 

範頼のこの姿勢は、現代でも通用する組織人としての美徳である。

報告・連絡・相談の省略語である「報連相」と云うビジネス用語を貴方も御存知であると思う。

 

組織に、義経は不要である。

何故なら組織とは奇跡や天才に依存せずに済む事を目的に作られる物であるからだ。

もしも、部下に義経的な奇跡を期待するリーダーが存在するとしたら、その者に組織を差配する資格はない。

本邦史上において屈指の政治家である頼朝にはそれが良く解っていたのだろう。

故に義経を忌避した。

義経にしても大衆にしても、頼朝の反応は意外であったと思う。

義経が組織論について一切理解が無かった点については腰越状(創作ではあろうが、前後の義経の言動とは合致している)が証明している。

赦免嘆願の書状ですら、自己の功績のみを誇っている。

逆なのだ。

大将たる者は、部下の働きを公正に見聞し、その功罪を組織に正確に報告する事が使命なのだ。

総大将の縁者であれば、部下と総大将の潤滑油としての使命も当然含まれる。

その観点からすると、義経は全く仕事をしていない。

頼朝はその認識不足に怒っているのだ。

坂を駆けた、漕手を射た、嵐を越えた。

素晴らしい武勇智略であると思う。

だが、これらは一軍を預かった者の職務ではない。

 

 

逆櫓論争の本意

 

義経の為人を最も如実に体現しているのが梶原景時との逆櫓論争である。

論争の内容自体は下士官レベルの話で、屋島強襲用の船舶に「逆櫓」を付けるか付けないかの論議に過ぎない。

・自軍船舶の行動力を向上させる為に後進能力を高める逆櫓を装着するか?

・自軍船舶の逃亡を防止する為に逆櫓を装着しないか?

話はこれだけである。

有名な話なので詳細は割愛するが、梶原景時が

「進むのみを知って、退くことを知らぬは猪武者である」

と発言し、

義経は

「猪武者とは何事ぞ。我は全軍の大将ぞ。逆櫓の如きは罷りならぬ」

と激昂するも、景時に

「我が主と仰ぐは頼朝公のみ」

と返されている。

(景時は頼朝から任命された戦奉行なのでこの発言は極めて正しい)

 

多くの史書にこの時点の梶原景時が範頼軍に従軍していた記録があるので、逆櫓論争自体は創作の可能性が高い。

が、この様な逸話が残る時点で義経が同時代人からどのように見られていたかは想像がつく。

櫓の形状等は些事である。

逆櫓を付けようが付けまいが、義経は屋島を陥落させたであろう。

「猪武者」とは戦術癖への嘲笑ではない。

仮にも一軍の大将たる者が持論我説を以て部下と口論沙汰を行うなと云う意味である。

それこそ一介の猪武者の所業であろう。

 

 

組織にとって必要な人間

 

組織にとって必要な人間とは、

組織から与えられた役割を正確に認識して、組織人として職務を遂行する者である。

無論、これほどの困難事もない。

義経は、義経閥と云う組織のリーダーとしては最高の男であった。

彼の生み出した幾度の奇跡は、彼の郎党をすら英霊の座に押し上げたからである。

凡そ武士の棟梁としてこれ程誉れ高い男も居ないだろう。

だが坂東武士団の棟梁は彼では無かった。

 

 

範頼は講談の種となる様な不始末を犯さぬまま、非業の最期を迎える。

曽我兄弟仇討事件の余波で殺された事も、如何にも彼らしい話である。

 

義経と同じく範頼にも生存伝説は存在する。

伊豆を脱出し武蔵に隠れ住んだとされる説である。

 

武蔵石戸(現・埼玉県北本市)まで逃れた範頼は一本の桜を植えた。

彼が植えた桜は800年を超えた今でも健在であり、

「石戸蒲ザクラ」として日本五大桜の一つに数えられている。

ちなみに「蒲」とは範頼の生誕した三河国蒲御厨の地名に由来する。

(石戸蒲ザクラはヤマザクラとエドヒガンの自然雑種した奇木で、世界でこの1本しか存在しない。 残念ながら、この時点で範頼の植樹と云う伝説は学術的に否定されてしまう)

 

伝説の中ですら範頼はオキクルミにもジンギスカンにもならなかったが、

彼の桜は今でも坂東の地を静かに見守っている。

 

 

 

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コメント一覧
  • スタンドプレーで目立とうと組織人として堅実に働こうと、バカな上司が上にいたらどうしようもないということですね。


    2013年11月4日 8:03 PM | 匿名 |

  • >組織にとって必要な人間とは、組織から与えられた役割を正確に認識して、組織人として職務を遂行する者である。

    そんなことしても報われないのにな。


    2013年11月4日 8:29 PM | 匿名 |

  • 5歳ぐらいに視た「まんが日本史」では、
    ヨシツネ頑張ったのに、ヨリトモとゴシラカワは非道いやっちゃなぁ。
    と思ってましたが、歳とって思うに
    ヨシツネは上手いこと使って、さっさと仕舞わないかん。
    と、思いましたね。

    歯車を上手く入れ替わり立ち替わりさせていく、
    人事の妙が組織の長たる者のミソな訳です。
    頼朝は幼少の体験から、情けをかけることはNGになり身内に対して必要以上に苛烈になりました。
    底辺氏も触れたように、これが源鎌倉が三代で終わった原因に思います。

    さて、この組織の長も何がしかの歯車な訳ですが、
    特定の人間に頼らない組織…自分がいなくても回る組織作りが命題ではないでしょうか。
    下部歯車を生かさず殺さず。そう仕向けることが
    ある種の完成形ではないかと考えてしまいますね。


    2013年11月4日 10:01 PM | 1000$ |

  • 底辺君の歴史知識に騙されて女騎士ラノベを買ってしまったww
    畜生wwwwww


    2013年11月4日 11:06 PM | 匿名 |

  • 正直唸らされました。
    私も底辺先生の表現する所の歴史と講談の区別の付かない人間だったので。
    色々な組織論の本を読みましたがここまで腑に落ちたのは初めてです。


    2013年11月5日 10:50 AM | 匿名 |

  • 戦国のみならず源平までカバーするとは底辺恐るべし

    なぜ壇ノ浦で幼少の帝まで船に乗っていたのか不思議に思っていたがそういうわけか
    範頼も戦国時代辺りならもう少し評価する声もあったろうにね


    2013年11月5日 11:59 AM | 匿名 |

  • 鵯越なんか平家に冷静な指揮官が居なかったから良いようなものの、
    もし居てて攻めてきたのは少数だと見抜かれたら包囲殲滅ですからね
    間違っても一軍の将がして良い戦い方ではない


    2013年11月5日 6:46 PM | 匿名 |

  • 8:03様へ

    はい、故に組織はマネージメント適性がある者を管理職に据えなくてはならないのです。
    また、愚かなのが本当に上司なのかも組織人は自問自答し続けるべきだと思います。



    8:29様へ

    仰る通りだと私も思いますので、
    一人で生きて行くコツを書いたライフハック本を刊行しております。



    1000$様へ

    純然に目的の為の組織作りをする人はあまりいないですものね。
    創設者のマウンティングやトラウマ克服の為に作られている組織が大半なので。



    11:06様へ

    すまぬ、すまぬー。



    10:50様へ

    ありがとうございます。
    歴史と講談、フィクションとノンフィクションの違いを見分けるのは本当に難しく、
    いつも悩まされております。



    11:59様へ

    平家物語が範頼を貶め続けてますからね・・・
    やはり影響力のある書物に批判されるときついですね・・・



    6:46様へ

    会社員でもそうなのですが、
    会社のカネで博打をして勝つ事が美徳か否かの話なんですよね。
    在京の義経が四国へ向かったのは、朝廷の意向であって頼朝の指示から逸脱していたと云う説もありますし。


    2013年11月6日 9:11 AM | teihen |

  • つまりアレだ、 『NARUTO』で言うところのナルトとイタチみたいなもんですかない?


    2013年11月6日 11:15 PM | 匿名 |

  • 11:15様へ

    すみません。
    ナルトは中忍試験しか読んだ事ないです・・・
    日向ネジしか判らないです・・・


    2013年11月6日 11:23 PM | teihen |

  • 尊敬できる上司を見つけろてことか


    2013年11月7日 1:14 AM | 名無し |

  • サラリーマンとしての適正以前に組織人としての適正が無い自分には身につまされるばかりです。
    スタンドプレイは控え、スタンドプレイヤーと必要以上につるまないよう、雌伏することをキモに命じます。
    (どっちもやりすぎている)
    がんばってお金をためて無派閥個人で生きていける元手を作るためにも

    ときに底辺さんは雌伏した歴史上の人物を好まれますね。サラブレッドよりロバですかね。


    2013年11月8日 1:52 AM | HTHN |

  • 上司の尊敬出来る部分を見つける方が建設的かも知れません。


    2013年11月8日 10:29 PM | teihen |

  • HTHN様へ

    一般に知られている著名人物はチート揃いですからね、
    ライフハック的には脇役からの方が学ぶ事が多いのです


    2013年11月8日 10:43 PM | teihen |

  • まるでSHINJOと稲葉の違いみたいだw


    2014年2月13日 5:27 PM | 特命 |

  • 特命様へ

    面白い例え方ですねw


    2014年2月13日 9:13 PM | teihen |

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